民主主義のモデル・チェンジ (『金融財政』2005.9.1号)
【古い自民党は合意重視の協調的意思決定】
日本社会の伝統的な意思決定過程は、良く言えば合意重視で協調的、悪く言えば責任の所在が不明確な不透明型である。この典型的な姿が従来の自民党の意思決定過程であった。
担当部会で官僚が原案の「ご説明」をし、必要なら関連業界代表の意見を聞いた上で、部会で賛否、あるいは修正を決める。意見が割れた場合は、少数意見の面子を重んじて部会長一任となる。一任された部会長は、多数意見に従った法案を部会の案として総務会に諮る。総務会は全会一致で承認し(反対者は欠席して面子を保つ)、自民党案として閣議に提案し、閣議決定後、内閣提出法案として国会に掛る。
【小泉型は総理主導の多数決による意思決定】
このやり方を頭から無視したのが、今回の郵政民営化法案である。部会から持ち上げてきたのではなく、内閣府から総務会に提案し、総務会は全会一致ではなく多数決で承認し、閣議決定を経て国会に提出した。政官業が相談する場(部会)を与えなかった。そこには合意重視の協調はないが、決定の過程は透明で、責任の所在も小泉首相にあることは明白だ。
更にこの法案が参議院で否決されると、国民に直接賛否を問うために衆議院の解散、総選挙に打って出た。そして、法案反対の自民党衆議院議員を公認せず、その選挙区には法案に賛成する新人を公認候補として立てている。
総理・総裁が、最重要法案と信ずる法案を国会が否決した時に、直接国民に信を問う解散・総選挙に訴えることは議会制民主主義の常道だ。造反派を公認せずに賛成派の候補をぶつけることも、政党政治の論理に反してはいない。
【協調型民主主義から契約型民主主義へ】
ただ、多様な意見と利害を調整する協調型民主主義から、リーダー主導で国民に約束した主要政策を実現して行く契約型民主主義へのモデル・チェンジであることは確かであろう。国民はこのモデル・チェンジを喝采し、小泉首相の大博打は今のところ成功しているかに見える。
政官業癒着の協調型民主主義から、透明な契約型民主主義への転換は、歴史的な大改革が必要な今日の日本には必要なことである。その際、総選挙におけるマニフェストは、国民との契約としてこれ迄になく重要な意味を持ってくる。
【契約の中身が少ないと白紙委任で独裁になる恐れ】
このような観点からみた場合、小泉自民党の契約の内容が、郵政民営化だけにしぼられていてよいのであろうか。自民党執行部は、今回の総選挙を郵政民営化に対する国民投票と位置付けている。しかし小泉首相にとっていかに最重要法案であろうとも、他に年金などの社会保障、子育て支援、財政再建などの内政問題や中国・北朝鮮などとの外交問題などが山積している。これらの重要政策は、郵政民営化とは直接何の関係もないのに、郵政民営化だけの信を問う国民投票でよいのか。今後四年間、郵政民営化以外の政策は白紙委任しろとでも言うのか。そうだとすれば、これは契約型民主主義ではなく、独裁になってしまう。ヒットラーの独裁もこのような選挙の結果生まれたのだ。
【今後4年間の政策全体を契約する政権選択の選挙】
せっかく協調型民主主義から契約型民主主義へ転換する芽が出ているのであるから、これを育てたいものだ。それには小泉政権四年間の実績を調べ、自民党と民主党のマニフェストを対比して広範な問題を判断することが大切だ(このHPの「総選挙の争点[その1] [その2] [その3] [その4]」参照)。
例えば、4年間に国債発行を4.5兆円も増やした小泉政権が、マニフェストでは今後五年間に基礎的収支(現在約20兆円の赤字)を均衡させると書いてあるが本当か。歳出削減の目標は抽象的で、数値目標は公共事業の2年間15%削減しかない。他方、個人所得税の増税も消費税引上げもしないと書いてある。
しかし、小泉首相の任期はあと1年間であり、他方この選挙は今後4年間の政策を国民と契約する選挙だ。選挙で勝った場合、白紙委任を受けたと言って、歳出削減が不十分なまま、小泉退任後に増税路線に走り出されてはたまらない。
【あとがき】
この文章は、時事通信社『金融財政』9月1日版の「BANCO」欄の原稿に若干加筆したものである。