「財政再建」の小泉自民党案と民主党案を比較する(H17.8.25)


─総選挙の争点[その4] ─

【個々の政策が全体として財政再建と両立しなければ公約の実現可能性は低い】
   「郵政改革」、「年金改革」、「子育て支援」の小泉自民党案と民主党案を比較して来たが、これらは歳出や歳入と深く係わっている。従って、これらを実施した結果、財政全体の姿がどう変わり、「財政再建」の見通しがどうなるかを考えなければ、政策全体の実現可能性(フィージビリティ)を判断する事は出来ない。これらの施策が全体として財政再建と両立しなければ、公約した政策の実現可能性は低いからだ。財政赤字が著しく拡大した現状からみて、財政再建はどちらの陣営が政権を取った場合でも、待ったなしの政策課題になっている。

【小泉政権の4年間に国債発行は公約の上限30兆円を4.3兆円突破した】
   小泉自民党政権の初年度である01年度の一般会計では、歳出が84.8兆円、税収が47.9兆円、国債発行が30兆円であった。小泉首相は、この国債発行30兆円を上限とし、これ以上年々の国債発行を増やさないと公約した。
   しかし、小泉自民党政権が組んだ05年度予算では、歳出が82.1兆円と4年間で2.7兆円削減されたが、経済が停滞してデフレから脱却できないため、税収は44.0兆円と4年間で3.9兆円落込んだ。歳入の減少が歳出の減少を上回ったため財政赤字は拡大したが、これを賄うため、国債発行は34.3兆円と、公約を破って4.3兆円も増加したのである(04年度決算では、国債発行は35.5兆円と5.5兆円も突破)。

【勤労者所得の減少、デフレの進行などで税収は3.9兆円の落込み】
   小泉自民党政権下で歳出が2.7兆円削減されたのは、公共投資を毎年1〜3%削減したことが主因であり、行政組織のスリム化が進んだ訳ではない。
   この間日本経済は、02年4〜6月期から04年1〜3月期までの2年間、輸出と輸出関連設備投資に主導されて年率2.8%で成長し、輸出関連製造業の収益は回復した。
   しかし公共投資の削減、勤労者所得の減少(同じ2年間に雇用者報酬は3.5%減少)、デフレの進行などによって、国内経済、とくに非製造業、中小企業、地方経済は不況のままであった。このため、海外環境の好転で輸出が伸びた上記の2年間を除くと、残りの2年間はマイナス成長であった。
   その結果、税収は4年間に3.9兆円落込み、国債発行は4.3兆円増加したのである。小泉自民党政権の実績は、財政再建どころか、逆に財政を一層悪化させた4年間であった。

【2010年までに基礎的収支均衡の自民党公約は根拠が薄い】
   小泉自民党は今回のマニフェストの中で、2010年までの5年間に基礎的収支(プライマリー・バランス:国債費を除いた歳出と税収のバランス)を均衡させると書いてある。しかし、4年間に収支を4兆円近く悪化させた実績を持つ自公政権が、どうやって残りの5年間に、約20兆円の収支改善を要する基礎的収支の均衡を達成出来るのか。
   小泉自民党は、郵政民営化で小さな政府にすると言っているが、国の予算は郵政公社には使われていない。郵便局員の人件費は公社の収入で賄われている。従って、公社を民営化しても一般会計の歳出は減らず、財政収支の改善とは無関係である。

【公共投資以外は数値目標のない小泉自民党の歳出削減案】
   自民党のマニフェストでは、支出削減について、国家公務員や特殊法人・独立行政法人・公益法人の人件費を大幅に、あるいは厳しく削減するなどと抽象的に書かれているばかりで、具体的な数値目標が出てくるのは、公共事業の総コストを07年度までに15%削減するという表現だけである。
   結局、小泉自民党の財政収支改善策ではっきりしているのは、公共投資削減の継続、社会保障の保険料引上げ・給付水準引下げ・自己負担増加、政府税調がまとめた個人所得税増税、07年度以降の消費税引上げなどである。
   しかし、これでは悪化を防ぐ程度で、とても基礎的収支の均衡は無理であろう。社会保障関係の国民負担の増加と増税で国内経済が一層沈滞し、税収が更に悪化して財政収支の赤字が逆に拡大する危険性さえあるのではないか。

【3年間歳出ネット10兆円削減で基礎的収支の赤字を半減する民主党案】
   これに対して、今回の民主党のマニフェストを見ると、財政再建、とくに歳出削減について、かなり思い切った数値目標を掲げている。
   民主党案は、今後の3年間(08年度まで)に17.3兆円の歳出削減と7.7兆円の歳出増加を行い、差引き歳出を約10兆円削減するとしている、これによって基礎的収支の赤字をほぼ半減させ、更に政権を担当し続けるならば、8年後の13年度には基礎的収支を黒字に転換すると公約している。
   歳出削減と歳出増加の内訳も、詳しく数値目標を掲げている。

【歳出削減17兆円の内訳も数値目標に掲げる民主党案】
   歳出削減17.3兆円の内訳は、大規模ダムや河口堰工事など国の直轄公共事業の半減(1.3兆円)、国家公務員の人件費2割削減(1兆円)、特殊法人向け支出半減(1.8兆円)、個別補助金の地方一括交付に伴う2割節約(2.8兆円)、地方への税源移譲に伴う交付税・補助金の削減(6.2兆円)、その他経費の1割削減など(4.2兆円)である。
   要するに、無駄な公共事業、官製談合に伴う無駄、天下りに伴う無駄などの排除、地方分権(税源移譲)に伴う歳出の減少、規制撤廃・地方分権に伴う中央省庁の人件費削減などで、17兆円の歳出を削減し、小さな政府にしようというのである。

【子育て支援などの諸施策に伴う歳出増加も数値目標として示す民主党案】
   他方、歳出増加7.7兆円の内訳は、基礎年金の国庫負担3分の1を2分の1へ引上げ(2.7兆円:小泉自民党案では定率減税打切りという所得税増税で賄う公約)、「子供手当」と「出産時助成金」の新設(3.2兆円:“総選挙の争点(その3)「育児支援」”参照)、農家への直接支払い制度<価格維持から所得保障へ>導入(1兆円)、高速道路無料化・教員増員など(0.8兆円)である。
   以上の歳出削減17.3兆円、歳出増加7.7兆円、差引き歳出純減約10兆円は、今後3年間に実現する数値目標であるが、その間にネット増税は行わない。自公政権が定率減税の打切りで行う基礎年金の国庫負担引上げも、前述の通り、歳出削減で賄う。まず徹底した歳出削減から、というのが民主党の公約である。

【抽象的な小泉自民党案と具体的な民主党案をどう判断するか】
   小泉自民党の財政再建公約は抽象的であるが、民主党の公約は数値目標が多く、かなり具体的である。これは小泉自民党が政権を現に担当しているのに対し、民主党は政権を目指しているため、公約の大胆さが違うということであろうか。それとも、小泉自民党は過去4年間の実績から判断して思い切った歳出削減の自信がなく、「増税なき財政再建」は無理だと考えているが、さりとて選挙前に増税を具体的数値で示せないため、抽象的表現に終始しているのであろうか。
   「財政再建」という最大の政治課題について、国民は小泉自民党と民主党の両案(公約)を冷静に比較し、賢明な選択を総選挙で示して欲しいと思う。今後3〜4年間の日本の政策選択、とくに財政再建策が、21世紀前半の日本の命運を大きく左右するのは間違いないところだからだ。