金融政策と金融行政への問題提起 (H17.3.11)

─ 金融財政事情研究会第1969回金曜例会 ─

   3月11日(金)に金融財政事情研究会の金曜例会に招かれ、午後0時40分から1時40分まで、会員100名程(政府・民間の金融機関役員、業界団体役員、金融関係の官僚など)を対象に、現在の金融政策と金融行政に対する私の評価を述べ、三つの問題提起を行った。
   その後2時近く迄質疑応答を行った。
   以下は、講演に用いた詳しいレジュメ(三つの問題提起を含む)とグラフ、および質疑応答の要約である。


金融政策と金融行政への問題提起
─レジュメ─


1.「札割れ」と「量的緩和政策」
(1) 金融不安の解消=予備的通貨需要の後退 ─ 竹中金融行政の一定の成果



[結果]
   イ、 りそな銀行に対する「特別支援」を契機に株価(03/4 日経平均7607円)反転
   ロ、 大手行の不良債権比率は景気回復にも援けられて半減



(2) 景気の先行き ─ 再上昇か後退か
   イ、 個人消費、純輸出、公共投資の減少で3四半期連続マイナス成長(図表1)
   ロ、 好調な企業収益が(イ)雇用増・賃金上昇、(ロ)設備投資拡大、(ハ)借入金返済・内部蓄積、のどこへ向うか(図表2)






(3) 今のデフレは貨幣的現象か
   イ、 需給ギャップと供給コスト低下が原因
   ロ、 「流動性のワナ」が金融政策の有効性(需要喚起)を阻害

2. 何故「量的緩和政策」が効かないのか ─ 竹中金融行政の誤算 ─
(1) 不良債権比率さえ下がれば銀行はリスクをとって貸出拡張=景気回復促進に転じると考え、プロサイクリカル(この局面では不況促進的)なBISの自己資本比率規制を金科玉条のように守っていること。
(2) BIS規制の生い立ちと「自己資本」の定義の形骸化=銀行の健全性を保障せず
   イ、 バブル期の日本の銀行の国際的伸長を牽制するための規制
   ロ、 自己資本の定義の拡張、内容の形骸化
      株式含み益の45%、劣後債(90年)、土地などの含み益の45%(98年)、繰延べ税金資産(99年)を自己資本と認めたうえ、更に公的資本の注入 ⇒ 自己資本比率の高い方が倒産リスクが高い。銀行の安全を守っているのは自己資本ではなく公的資金=銀行の自立性喪失。

3.BIS規制のネガティブ・インパクト
(1)BISの自己資本比率規制はプロサイクリカル(景気変動増幅的)
   ・不況で信用リスクが増大 → 自己資本比率低下 → 貸出抑制 → 不況促進 → 信用リスク増大 →
   ・好況期は逆に好況促進的
(2)「流動性のワナ」を発生させ金融政策の有効性を阻害
   ・自己資本比率の維持、不良債権比率の引下げ、収益性の向上、の三つは相互に矛盾
   ・解決策は三つの共通分母である貸出の減少、リスク・ウェイトがゼロの国債の増加、つまり貸出の「意欲と能力」の低下
(3)将来のポートフォリオのリスク上昇、フランチャイズ価値低下
   ・税金繰延べ期間の黒字を維持するため、優良な不動産、株式、貸出から売却し、将来のポートフォリオを劣化
   ・将来の金利上昇局面で膨大な国債含み損発生、ポートフォリオ劣化
(4)合理的な銀行経営を阻害
   ・最適な自己資本比率は銀行によって異なる。その一律規制は非効率的。
   ・相互に矛盾する自己資本比率、不良債権比率、収益率の最適組合わせを選択するのは銀行経営そのもの。その判定は市場が行うのであって、行政が規制するのは合理的経営の阻害。

4.結論 ─ 問題提起
(1) 日本はBIS規制を国内銀行に適用する義務はない。「4%」の根拠もない。国内銀行の自己資本比率規制を廃止し、行政は自己資本、不良債権、収益の内容を正確に開示させる(透明性を高める)ことに専念し、その判定を市場に委ねよ(市場規律の強化)。
(2) 国際的に活動する大手行に新BIS規制を適用する際、内部格付手法の検査に名を借りて、経営に過剰介入してはならない。あくまでも銀行自身の各種リスクの評価とその対策を正確に市場に開示させ、自己責任をとらせるのが行政の任務。
(3) 貨幣的原因によらないデフレに金融政策の運用をコミットする現行方式は、政策転換の遅れを招くリスクがある。当面は日銀預金の上限はそのままに、下限を「札割れ」に対応して引下げよ。プロサイクリカルな指導型介入行政を市場型ルール行政に改め、金融政策の有効性を回復せよ。


[参考文献]
・ 鈴木淑夫「新BIS規制は経営リスクの評価を精緻化しない ─ 行政は開示推奨による市場規律の強化に重点を ─」(『週刊金融財政事情』2005年2月14日号)
・ The Suzuki Journal「竹中金融行政の功罪 ─ 自己資本比率規制をテコとする過剰介入型行政はどうなる」(H16.9.28)
・ 同上「日銀は札割れを放置せよ」(H17.3.14)
・ J.E.スティグリッツほか『新しい金融理論 ─ 信用と情報の経済学』(東京大学出版会、03年10月)
・ 清水啓典「銀行の健全性とは何か」(金融学会会長講演、04年9月)


質疑応答

[問]
   日本の銀行に不利なBIS規制を、何故大蔵省と日本銀行は受け入れたのか。
[答]
   明治以来、欧米のルールや制度を学んで発展してきた日本の官僚は、8%の自己資本比率は世界の大勢だという欧米の主張に抗しきれなかった。またバブルの最盛期でもあったので、株式の含み益の45%が自己資本に入れば大丈夫だろうという安心感もあった。更に、マスコミを始めとする日本国内の雰囲気も、バブルに浮かれて無理矢理貸出を伸ばす銀行には批判的で、規律を課するのは良い事だと考えられた。
   問題は、バブルが崩壊したあと、遂に金融不安も発生した90年代後半以降、国内銀行についてもBIS規制の適用を続けたことである。

[問]
   国債を持ち過ぎているとしても、国債は償還期まで持っていれば損は出ないのだから良いのではないか。
[答]
   償還期まで持ち続けた場合、損は出ないが利回りは低いままだ。もっと高い利回りの貸出や証券投資のチャンスをみすみす逃すことになる。これを「ロックイン効果」と呼ぶが、国債をロックインしている間のポートフォリオ全体、銀行全体の収益性が下がるという意味で、損である。