日銀は札割れを放置せよ (『金融財政』2005.3.14号)

   日本銀行が事前に買オペ額を通知し、数日後に実施しても、買オペに対する応札額が予定額に達しない「札割れ」が頻発している。資金供給額が予定を下回ると、「量的緩和政策」の操作目標である「三〇〜三五兆円の日銀当座預金」が三〇兆円を下回ってしまうので、日本銀行はあわてて事前通知なしの即日買オペを実施し、何とか三〇兆円を保っている。
   どうして日本銀行は、こんなに迄して余分な資金を供給しなければならないのか。四月に予定通りペイオフ解禁を実施しても大丈夫なほど、金融不安は遠退いたではないか。金融不安に備えるためという理由では、このような無理な資金供給を正当化することは出来ない。
   それでは景気が心配なのか。福井総裁は、ついこの間の内外情勢調査会の講演でも、景気は足踏みをしているだけで、年央以降は再び回復が始まるであろうと強気の予測を述べている。また金融市場が緩和の長期継続を過度に織り込むような価格(金利)形成を行っていないか、注意する必要があるとも述べている。つまり、ゼロ金利がいつ迄も続くような気で中長期金利が下がり過ぎていないかという警告である。驚いた中長期の市場金利はこの一か月間ジリジリと上昇している。例えば、二月始めに一・三%を割り込んだ長期国債の市場利回りは、最近一・五%台に乗ってきた。
   このような福井総裁の発言から判断すると、景気が心配で無理矢理三〇〜三五兆円の不活動資金を市場に積んでいるとは思えない。
   それではデフレ退治のためか。確かに消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は最近再び拡大気味で、一月の全国はマイナス〇・三%、二月の東京は同〇・五%だ。しかし日本銀行は、本気で今のデフレが貨幣的現象だと考えているのであろうか。「量的緩和政策」がスタートして既に四年経ったが、日本のデフレは一向に収まらず、インフレ・ターゲット論者達はさすがに大人しくなった。いまの日本のデフレは需給ギャップと企業合理化による供給コストの低下を反映したもので、貨幣的現象でないことは、誰の目にも明らかになってきた。
   貨幣的には、いまは「流動性のワナ」に陥っている。いくら日本銀行が無理矢理ベースマネーを供給しても不活動残高が積上がるだけで、需要を刺激しない。デフレを直す需給ギャップの縮小にはつながらないのだ。
   以上のように見てくると、日本銀行が苦心惨憺して三〇兆円の日銀預金を維持している理由はとうてい理解出来ない。
   「札割れ」の原因は、福井総裁自身が記者会見で述べていたように、銀行システムが安定してきたため、「予備的動機」の貨幣需要が落ちて来たためであろう。それなら日本銀行は自然体で対応して「札割れ」を放置し、日銀預金の目標値の下限を、例えば三〇兆円から二五兆円に下げたらよい。「いざ引締め」と勘違いされないため、また万一に備えるため、しばらくは上限を三五兆円に据置いたらよい。
   そして最終的には、いまの量的緩和政策の枠組みを見直すべき時期に来ている。貨幣的原因によらないデフレに金融政策の運営をコミットする現行方式には、政策転換の遅れを招くリスクがある。また銀行に貸出の意欲と能力を回復させる方法は、「札割れ」防止ではない。プロサイクリカルなBISの自己資本比率規制の運用を緩和することだ。それは「流動性のワナ」を解消し、金融政策の有効性を回復させる。