もっと政府の財政措置を全面に出せ (H24.11.14)
―『世界日報』2012年11月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【前例のない政府と日銀の共同文書発表】
 日本経済の景気後退のリスクについて、先月10日の本欄で指摘し、このままではデフレ脱却が遅れて、14年度からの消費税引き上げは困難になると述べたが、政府と日本銀行も経済の下振れを重大に受け止め、動き出したようにみえる。白川方明日本銀行総裁と前原誠司経済財政政策担当大臣・城島光力財務大臣が署名した10月30日発表の共同文書「デフレ脱却に向けた取り組みについて」の中で、日本銀行は「政府が成長力強化の取り組みを強力に推進することを強く期待」し、政府は「日本銀行がデフレ脱却が確実となるまで強力な金融緩和を継続することを強く期待」すると述べ合っている。

【景気後退のリスクを重大に受け止めた政府】
 その上で、政府は「足下の景気下押しリスクに対応した経済活性化に向けた取り組みを加速すべく、平成24年10月17日の内閣総理大臣指示に基づき、経済対策を速やかに取りまとめる。また“日本再生戦略”(平成24年7月31日閣議決定)に基づき、平成25年度までを念頭に、“モノ”、“人”、“お金”をダイナミックに動かすため、規制・制度改革、予算・財政投融資、税制など最適な政策手段を動員する」と述べている。
 10月29日に召集された臨時国会でも、野田佳彦首相は景気を下支えする経済政策の重要性をこれまで以上に強調し、今年度予算の予備費などから最大4226億円を投じる経済対策(総事業費は7500億円、10月26日閣議決定)に加え、11月中の経済対策取りまとめを踏まえた補正予算を編成し、年度内に実施する構えを見せている。本年度予算の執行を確実にする特例公債法案についても、自公など野党の国会戦術転換により、臨時国会中に成立する目途が立った。

【日銀の新しい金融緩和措置】
 他方、日本銀行は、政府との共同文書を発表した10月30日の政策委員会・金融政策決定会合において、二つの措置を決めた。一つは、資産買入等の基金をこれ迄の80兆円程度から91兆円程度に11兆円程度増額し、長短国債のほか、CP、社債、指数連動型上場投資信託、不動産投資信託を買い増しすることである。もう一つは、希望に応じ、金融機関の貸出増加額の全額について、低利(誘導目標金利、当面0・1%)長期(最長4年)で無制限に資金供給する新しい措置である。

【政府の対策は不充分】
 以上の政府と日本銀行の政策追加は、景気を下支えする上で、どれだけの効果があるであろうか。
 まず政府の事業規模7500億円の経済対策は、財源が既定予算の予備費である上、規模が小さ過ぎる。景気下支えは本年度の補正予算に期待するしかないが、来年の通常国会に提出される予定なので、成立前に国会が解散されるかも知れないし、仮に成立してもその効果が出てくるのは来春以降であろう。また、特例公債法案成立の目途が立ったことは、本年度予算の全額実施を可能にする点で効果は大きいが、本年度予算の執行はもともと予定されていることであり、赤字国債が発行出来ない場合の予算執行不能という大きな景気抑制効果が無くなったという意味しかない。
 政府が共同文書の言葉だけではなく、本当に「規制・制度改革、予算・財政投融資、税制」を総動員して、日本再生戦略を実行に移さない限り、景気を下支え、日本経済を持続的成長軌道に乗せる効果は出ないであろう。

【日銀の対策は円安促進効果を持つか】
 他方、日本銀行の政策については、資産買入等の基金の11兆円積み増しは、量的緩和を一段と進めたことを意味するが、現在の「流動性の罠」の下では流動性をいくら追加供給しても景気刺激の効果が薄いことは、ほとんど自明であろう。
 株式投信や不動産投信の追加買い上げは、それぞれ0・5兆円と0・01兆円の追加にすぎないので効果は知れているが、株価と地価に多少の心理的影響を及ぼすかも知れない。しかし、このような選択的信用政策は、本来は財政が担うべき分野である。
 金融機関が低利の長期固定金利で日本銀行から資金を借り、利鞘を乗せて貸出できる今回の新しい措置は、安心して貸せる借入需要の乏しい現状でどれだけ貸出増加の効果を持つかは疑問だが、円キャリ取引を促進して円安を促進する効果は持つかもしれない。

【もっと政府の財政措置が全面に出るべき】
 11月1日の日本経済新聞によると、「政府と日銀のどちらがデフレ対策に重い責任を負うべきか」をインターネットを通じ男女1000人に聞いたところ、回答は政府が6割、日銀が2割であったという。今話題のポール・クルーグマン著『さっさと不況を終わらせろ』とジョセフ・E・スティグリッツ著『世界の99%を貧困にする経済』を読むと、2人のノーベル経済学賞受賞者は、「流動性の罠」にはまった現状での財政緊縮論や赤字削減至上主義を厳しく批判し、9月12日付の本欄で私が述べたように、財政拡張政策の出動を促している。
 今回の政府と日本銀行の対応を見ると、政府の財政出動の役割があまりにも小さ過ぎるのではないか。