財政出動の役割が小さ過ぎる (『金融財政ビジネス』2012.11.19号)

 日本は景気後退の瀬戸際にあり、このままではデフレ脱却が遅れて、14年度からの消費税率引き上げは困難になると先月22日の本欄で述べたが、1か月の間にそのリスクは一段と高まってきたように見える。9月の鉱工業生産は年初の1月に比して、1割も低下し、7〜9月期は3四半期振りのマイナス成長(年率マイナス3・5%)となった。政府と日本銀行も経済の下振れを重大に受け止め、動き出したようだ。
 しかし、伝えられる政策の追加は、景気を下支えする上で、どれだけの効果があるのか疑わしい。
 まず政府の事業規模7500億円の経済対策は、財源の4226億円が既定予算の予備費である上、規模が小さ過ぎる。景気下支えの効果は本年度の補正予算に期待するしかないが、今国会を延長して大型補正予算を成立させることが出来るのであろうか。それができないうちに、衆議院解散ということはないのか。また、特例公債法案成立の目途が立ったことは、本年度予算の全額実施を可能にする点で効果は大きいが、本年度予算の執行はもともと予定されていることであり、赤字国債が発行出来ない場合の予算執行不能という大きな景気抑制効果が無くなった、という意味しかない。
 白川方明日本銀行総裁と前原誠司経済財政政策担当大臣・城島光力財務大臣が署名した10月30日発表の共同文書の中で、政府は「規制・制度改革、予算・財政投融資、税制など最適な政策手段を動員する」と述べているが、文書の中の言葉だけではなく、本当にこれらの政策手段を総動員して、日本再生戦略を実行に移さない限り、景気を下支え、日本経済を持続的成長軌道に乗せる効果は出ないであろう。
 次に、日本銀行が10月30日の政策委員会で決めた政策について。資産買入等の基金の11兆円積み増しは、量的緩和を一段と進めたことを意味するが、現在の「流動性の罠」の下では流動性をいくら追加供給しても景気刺激の効果が薄いことは、ほとんど自明であろう。
 指数連動型上場投資信託や不動産投資信託の追加買い上げは、夫々0・5兆円と0・01兆円の追加にすぎないので効果は知れているが、株価と地価に多少の心理的影響を及ぼすかも知れない。しかし、このような選択的信用政策は、本来は財政が担うべき分野である。
 金融機関が低利(当面0・1%)の長期(最長4年)固定金利で日本銀行から資金を借り、利鞘を乗せて貸出できる今回の新しい措置は、安心して貸せる借入需要の乏しい現状でどれだけ貸出増加の効果を持つかは疑問だが、円キャリー取引を促進して円安を促進する効果は持つかもしれない。
 10月29日の日本経済新聞によると、「政府と日銀のどちらがデフレ対策に重い責任を負うべきか」をインターネットを通じ男女1千人に聞いたところ、回答は政府が6割、日銀が2割であったという。また9月13日の本欄で紹介したポール・クルーグマン著『さっさと不況を終わらせろ』とジョセフ・E・スティグリッツ著『世界の99%を貧困にする経済』の中で、2人のノーベル経済学賞受賞者は、「流動性の罠」にはまった現状での財政緊縮論や赤字削減至上主義を厳しく批判し、財政拡張政策の出動を促している。中期的に財政再建計画を持つことは正しいが、その中期計画に縛られて、短期的な財政出動の機動性を失ってはならない。
 今回の政府と日本銀行の対応を見ると、政府の財政出動の役割があまりにも小さ過ぎるのではないか。これでは景気後退を防ぎ、消費税率引き上げの14年度までにデフレを脱却し、2%の成長軌道に乗せる目途は立たないのではないか。(11/14記)