6〜7月中の追加利上げの可能性を吟味する(H19.5.25)
【参院選に遠慮して追加利上げを遅らせる日銀ではあるまい】
多くの市場関係者は、次の追加利上げが、参院選後の8月以降と考えているようだ。しかしその根拠が、参院選に対する配慮から日銀政策委員会が7月迄動けないであろうということであれば、間違える可能性がある。
金融引締めの開始ということであれば、これ迄の政策運営の誤りが景気過熱とインフレのリスクを高めたということになるので、与党に不利に働くかも知れない。
しかし、次の追加利上げは、景気回復の持続とデフレ終焉を展望して行われるのであろうから、与党に不利に働くことはない。むしろこれ迄の政策運営が正しかったからこそ、金利水準の正常化が可能な経済情勢になってきたということである。選挙で与党に有利に働くことはあっても、不利に働くことはない。
新しい日本銀行法の下では、金融政策決定の独立性が政策委員会に保障されている。参院選に遠慮して再利上げを遅らせるような見識のない政策委員諸公とは思えない。
【金利正常化の遅れは将来の持続的成長を脅かす】
0.5%という異常に低い政策金利を徐々に正常な水準に引上げなければ、息の長い成長が実現しないであろうという理由は、いくつかある。
第一に、福井総裁自身が繰り返し述べているように、異常な低金利の下で効率の悪い投資が増えたり、土地などの資産バブルが発生したりすれば、将来の持続的成長が脅かされる恐れがある。この気配は既に不動産投信(REIT)の過熱に出ており、あまり利上げを遅らせない方がよい大きな理由の一つだ。
第二に、金利先高感が高まらない中で大幅な内外金利差がいつ迄も続き、バブル的な円安が更に進んで行くと、少なくとも以下の四つのリスクが高まる(このHPの<最新コメント>“行き過ぎた円安を阻止せよ”(H19.5.11)参照)。
【円安は消費購買力の低下、株安、日本企業買収の容易化、急激な円高に伴う混乱などのリスクを高めている】
1.円安は輸入品の値上がりや海外旅行コストの上昇を通じ、ただでさえ弱い消費購買力を奪い、景気の足を引張る。
2.円安は海外投資家の日本株に対する投資意欲を弱めて株安要因となり、資産効果を低下させて景気抑制的に働く。2月末の日米欧同時株安後の日本株のみの回復の遅れは、これが一因だ(このHPの<論文・講演>「BANCO」“円安は日本経済に不利”(H19.5.17)参照)。
3.円安は日本企業の時価総額を下げ、5月からの三角合併の解禁もあって外国企業による日本企業の買収を容易にする。
4.ユーロ諸国の政府は、既に円安の行き過ぎに不満を述べているが、5月9日には米国議会の下院で円安に対する制裁の是非について公聴会が開かれた。近く開かれるサミットやG7で、米欧が揃って円安を非難すると、それを切っ掛けに円キャリ取引が逆転し(円安バブルの崩壊)、急激な円高で日本経済が混乱するリスクがある。
【追加利上げの支援材料となった1〜3月の成長率と4月の消費者物価】
では、6〜7月中に追加利上げを実施する条件は整って来るであろうか。
5月17日(木)に発表された1〜3月期の実質成長率は年率2.4%と、ほぼこのHPの<月例景気見通し>(2007年5月版)で予測した通りになった。これで成長率は2四半期連続して潜在成長率の2%弱を上回り、GDPベースの需給ギャップは縮小を続けている。
また4月の全国消費者物価(除生鮮食品)の前年比は−0.1%となり、前月の−0.3%よりも下落幅が0.2%ポイント縮小した。
同時に発表された5月の東京都消費者物価(同)は2か月連続して前年と同水準であった。これは全国消費者物価の先行指標であるから、今後は全国ベースでも石油製品値下がりに伴う一時的な前年比のマイナスは、石油価格再騰と共に解消して行くであろう。
需給面から見ても物価面から見ても、金利水準正常化に向けて追加利上げを実施する条件は満たされつつある。
【1〜3月期の設備投資と鉱工業生産の足踏みが4〜6月期に解消するか】
あとは、4〜6月期、更には07年度上期の景気動向であろう。
1〜3月期の設備投資の減少と、これに伴う鉱工業生産と出荷の前期比マイナスが、前10〜12月期急増の反動に過ぎないかどうかを確かめなければならないが、これにはいくつかの指標の発表が待たれる。
第一は、来週初めに発表される4月の鉱工業生産と出荷の実績である。これが生産予測指数(前年比+1.5%増)通りに増加し、更に5月と6月の予測指数を使った4〜6月期平均が、前期比プラスに戻るならば問題はない。
第二に、6月央に発表される4月の機械受注である。1〜3月の前期比マイナスのあと、4〜6月の予測も減少となっているが、4月の実績がどうなるか。3月調査「日銀短観」では、07年度の設備投資計画は底固い増加となっているだけに、4月以降の機械受注がどう動いて来るか注目される。
第三は、さらに慎重を期するとすれば、7月初めに発表される6月調査「日銀短観」で、07年度の売上げ高、設備投資、雇用、収益などを確かめるまで待つかどうかであろう。
【6〜7月中に追加利上げが実施される条件】
日本銀行の政策委員会が、慎重を期するため、7月初め発表の6月調査「日銀短観」まで待つとすれば、7月迄追加利上げの可能性はないということになろう。
そうではなくて、金利水準正常化のテンポを遅らせるべきではないと判断すれば、4月の鉱工業生産・出荷の実績、あるいは4月の機械受注の実績などが弱くないことを確認した段階で、6月調査「日銀短観」を待つことなく、追加利上げを実施する可能性がある。この場合は、6月中の再利上げであるから、経済が確りしていれば、年内にもう1回利上げして、政策金利は今年中に1%に達するというシナリオが出てくる。このようなテンポの利上げ継続姿勢を反映した金利先高感が市場に定着すれば、円安の行き過ぎに歯止めが掛かるであろう。
逆に鉱工業生産、機械受注、「日銀短観」が弱く、4〜6月期あるいは07年度上期の景気に不安が残れば、追加利上げは先送りされるであろう。円安は更に進むかも知れない。
いずれにせよ、金融政策の運営は難しい所に来ている。日本銀行政策委員会の適切な判断に期待したい。