日銀に追加利上げのチャンスあり(H19.1.14)

【市場は追加利上げを織り込み始め、もはやサプライズではない】
 日本銀行の政策委員会・政策決定会合が近付いてきた。1月17、18日の両日である。
 東京金融先物取引所の円3ヶ月金利の先物で、取引の中心となる07年3月物の金利は、先週末に0.68%へジワリと上昇した。10年物長期国債の市場利回りも年明け後強含みで推移し、1.740%まで上がって来た。市場は明らかに1月中のコールレート(無担保翌日物)誘導目標の0.25%引上げを織り込み始めている。1月17、18日の会合で日銀が0.25%の追加利上げを決定しても、市場にとってサプライズではない状況が生まれつつある。
 これに対して政府・与党からは、中川自民党幹事長や斉藤公明党政調会長などが、露骨なけん制発言を繰り返し、追加利上げを阻止したがっている。安倍首相も「政府の成長戦略を日銀は理解している筈」という表現で、やんわりとけん制している。

【昨年12月は消費の弱い指標が続き、日銀は利上げのタイミングを失した】
 私は昨年12月9日号の『週刊東洋経済』に3頁の論文を寄稿して、追加利上げと日本銀行の独立性の問題を論じた(このHPの<論文・講演>雑誌“政治圧力の中で問われる日銀の「情勢判断」”参照)。
 この論文の中で、私は@新日銀法の下では、日銀が「情勢判断」を間違えない限り、独立性を貫ける条件が整っていること、A日銀の「展望レポート」を見ると、GDPベースの需給ギャップ、家計消費、消費者物価について、判断が強気過ぎるのではないか、B利上げが必要な理由は、マクロの需給もさることながら、異常に低い実質金利の長期的弊害というフォーワード・ルッキングな配慮によるものではないか、などを指摘した。
 その後、昨年4〜6月期と7〜9月期の成長率が下方修正され、また家計消費が弱いことを示す指標が続いたので、Aの懸念はますます強まった。福井日銀総裁も「消費の増加基調は崩れていないが、天候などの理由で一時的に弱い指標が出ている」とやや後退した発言に変った。昨年12月の利上げ見送りは、明らかにAの懸念によるものであろう。

【10〜12月期の家計消費は再びプラスに戻る】
 しかし、GDP統計で7〜9月期に減少した家計消費は、10〜12月期にはプラスに戻ったようである。家計調査の実質消費支出(全世帯)は、7〜9月期に前期比−2.9%となったあと、10月は前月比+4.1%、11月は同+0.5%と2か月連続して増加した。この家計調査を基にする10〜12月期のGDP統計では、家計消費が再びプラスに戻って成長に寄与し、成長率全体もやや高まりそうである(このHPの<月例景気見通し>2007年1月版“個人消費がプラスに戻り成長率は持直し傾向”参照)。
 このようにAの懸念が後退してきたのは、日銀にとって1月利上げのチャンスを高めるものであるが、しかし、1月利上げが最適である本当の理由は、Bの低過ぎる金利の弊害についてのフォーワード・ルッキングな配慮である。

【世界中に過剰流動性をばら撒きながら円安が進行】
 現在、円の対ドル相場は120円台まで下落した。対ユーロでも円安が進んでいる。
 この背後で進行している事は、超低金利で円資金を調達し、これを売って外貨に換え(ここで円安進行)、高い金利の外貨資産に投資したり、外国では相対的に低い金利で融資する動きである。
 これは日本が世界中に過剰流動性を供給し、外国の資産バブルを助長していることに他ならない。例えば韓国では、日本発の低金利住宅ローンで、不動産バブルが発生している。福井日銀総裁は、BISの総裁会議で非難され、身の縮む思いではないか。
 極端な円安は、日本の輸出産業に思わぬ利益をもたらしているが、ファンダメンタルズからは説明のつかない円安は、いわば「円安バブル」であるから、いつの日か崩壊し、急激な円高が起きるであろう。その時日本経済には、大きな混乱と成長減速の衝撃が加わる。

【急激な円高による成長挫折のリスクを除くための緩やかな利上げが必要だ】
 目先の成長しか考えられない政府・与党の要人の目には、円安で輸出が伸び、成長が促進されるのは結構な姿に映るのであろう。それは丁度、日本の資産バブルの進行によって円高・ドル安が止まるのは、結構だと考えた1987〜89年の政府・与党の姿と同じである。
 しかしバブルが崩壊したあと、日本は「失われた10年」に陥った。長期的なフォーワード・ルッキングな思考に基づけば、あの時資産バブルの進行を止めるため、早く利上げをすべきだったのである。
 同じように、円安による成長促進を喜ぶ政府・与党は、やがて急激な円高による成長へのブレーキ、更に景気後退に見舞われるリスクをいま犯しているのである。そのリスクを除くために、いま日銀は、チャンスをとらえて緩やかな追加利上げを始めるべきである。

【目先の需給より将来にわたるフォーワード・ルッキングな視野が大切】
 0.25%の短期金利を、0.25%刻みで、徐々に引上げ、例えば来年までに1.0〜1.5%に持って行ったとして、どれ程のネガティブ・ショックが加わるというのか。
 いま日本経済を引張っている企業は、キャッシュ・フローが潤沢だ。金利が上がっても困らないし、むしろ運用益が増えて喜ぶであろう。それよりも、円安バブルの崩壊に伴う急激な円高が避けられ、対ドル100〜110円程度に1〜2年掛かって上昇する方が、余程良い経営環境に違いない。20円程度の円高で競争力が失われることはない。予想外の儲けが無くなるだけだ。グローバルに工場を展開する多くの企業にとって、いくらでも対応策はある。
 海外の投資家から見れば、円高転換は日本の株や企業への絶好の投資チャンスである。これに伴う外資流入からは、成長促進の効果が生まれるであろう。
 利上げの判断で大切なことは、目先の需給ではない。将来にわたって成長を持続させるフォーワード・ルッキングな視野である。