菅政権とデフレ・財政再建 (H22.6.15)
―『世界日報』2010年6月15日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【杞憂に終わった経済困難】
鳩山政権には発足当初から三つのアキレス腱があった(本紙21年12月9日付「Viewpoint」参照)。鳩山首相の偽装献金問題、普天間基地移設を始めとする対米関係、存在感を示したがる社民・国民新両党の奏でる不協和音である。不幸にしてこの三つの不安が的中して、鳩山首相は退陣に追い込まれた。
鳩山政権には、発足当初もう一つの難問があると一般には言われていた。リーマンショック後の大不況を、如何にして克服するかである。鳩山政権の10年度予算では不況を克服する力が不充分なので、年度途中に補正予算が必要になるという見方が多かった。しかし、この予想は外れたようだ。
【日本経済は1年間に4.6%成長】
日本経済は2009年4〜6月期から10年1〜3月期まで4四半期連続でプラス成長となり、そのスピードは年率4・6%とかなり高い。中身も、始めの2四半期はアジア向け輸出を中心とする外需主導型であったが、後の2四半期は、家計消費と設備投資を中心とする内需の持ち直しが加わり、内外需揃って成長する形に変わってきた。
とくに家計消費は、始めのうちはエコポイント制度やエコカー優遇税制などに刺激され、可処分所得が増えないのに消費性向を高めて、支出を増やす傾向にあったが、雇用と賃金の減少が底を打って持ち直しに転じたことを背景に、雇用者報酬が実質では09年7〜9月期から、名目でも10年1〜3月期から回復し、消費を支え始めた。輸出の増加が企業収益の回復を通じて雇用者報酬を立ち直らせ、内需の回復に火をつける好循環が始まったのだ。
【デフレ終焉の兆し】
もう一つ注目すべき動きは、デフレ終焉の兆しである。08年10〜12月期から5四半期続けて下落してきた国内需要デフレーター(季調済み)は、10年1〜3月期に前期比プラス0・5%の上昇に転じた。消費デフレーターはまだ前期比マイナス0・3%下落しているが、これは各種の投資デフレーターが企業物価指数の上昇を反映して同プラス0・4%〜0・7%の上昇となったためである。
【名目成長率が実質成長率を上回る】
GDPデフレーターは、GDPのマイナス項目である輸入のデフレーターがプラス4・0%と大きく上昇し、国内需要デフレーターのプラス0・5%を相殺したので、結果的に前期比プラス0・1%とほぼ横這いにとどまった。しかしこの結果、10年1〜3月期の名目成長率が実質成長率を上回る前期比年率プラス5・4%の高成長となり、10年度の名目成長率はプラス1・1%のゲタを履いたので、政府見通しのプラス0・4%を大幅に上回り、自然増収が増えるだろう。
【デフレの判定は内需デフレーターか総需要デフレーターで】
雇用者報酬の持ち直しと合わせて考えると、これはデフレ終焉の兆しかもしれない。今後、国際商品市況の高騰や円安によって輸入デフレーターが上昇し、国内需要デフレーターの上昇を相殺してGDPデフレーターが下落を続けると、07〜08年度のように「デフレ持続」と見誤る恐れがある。菅政権は同じ誤りを繰り返さないため、デフレの判定はGDPデフレーターによってではなく、内需デフレーターや総需要デフレーターによる方がよい。
【10歴年は3%台成長、10年度は2%台成長と公的見通しを大幅に上回る見込み】
10年度はまだ始まったばかりであるが、内外需揃った自律的好循環によって、多少の振れはあっても毎期プラス成長を続ける蓋然性が高い。そうなると、10暦年は既にプラス2・7%のゲタを履いているので、4月現在のIMF見通しのプラス1・9%を大きく上回って3%台成長となろう。また10年度はプラス1・5%のゲタを履いているので、1月現在の政府見通しプラス1・4%や日銀政策委員見通しプラス1・8%を上回って2%台成長になると予測される。
【成長持続を財政赤字削減に優先させよ】
しかしこの高成長は、リーマンショックで9暦年がマイナス5・2%、8年度と9年度がそれぞれマイナス3・7%とマイナス2・0%と大きく落ち込んだことの反動である。10暦年や10年度の水準は、まだ落ち込み前に戻らない。菅政権はこれに満足せず、11年以降の更なる成長持続を目指さなければならない。97年度の橋本政権のように、景気が上向いたからといって、財政赤字縮小を最優先とする緊縮財政に切り替え、折角始まった回復を潰し、財政赤字を逆に拡大するような愚策を繰り返してはならない。
ギリシャ不安をみて、日本は一刻も早く財政再建に着手すべしという人がいるが、日本の政府債務の半分は金融資産と両建てで国民の負担にならないし(本紙5月24日付「Viewpoint」参照)、国債の95%は日本国民自身が持っている。ギリシャとは異なり、成長促進で財政再建を図る余裕がある。
【消費税増税は財政赤字削減の財源ではなく社会保障支出拡大の財源に使え】
今後デフレ終焉を確認した後は、異常な超緩和・超低金利の金融政策を正常に戻すべきであるが、財政は成長支持のスタンスを堅持すべきである。財政赤字の縮小は、景気回復に伴う自然増収によって進めるべきであって、消費増税によって行うべきではない。消費増税は、社会保障など支出の財源に当てる場合に限るべきで、増税によって財政赤字の縮減を図れば、必ず景気を壊し、逆に財政赤字を拡大することになる。菅総理はこのことを十分に理解していると期待したい。