シリーズ「国民生活重視の経済政策を考える」
U. 輸出に偏り過ぎた経済運営の咎め
 ―『軍縮』(20091月号、No.338、H20.12.10)
     

 前回は、国民生活が四重苦に悩まされている現状について詳しく述べた(このHP<論文・講演>雑誌”シリーズ「国民生活重視の経済政策を考える」T.四重苦に悩む国民生活の現状”H20.11.10参照)。今回は、何故そうなったのかを、考えてみよう。

輸出企業だけが栄えた成長

 日本経済は、01年度に−0.8%成長に陥ったのを最後に、02年度から07年度までの六年間は一貫してプラス成長を続けた。とくに03年度から06年度までの四年間は、図1の中の表に示したように、2%台成長となった。これによって企業の収益は回復し、日本銀行の「短観」によると、大企業の売上高経常利益率はバブル期のピークを上回るに至った。バブルの崩壊以降、十年以上も引きずって来た企業の「三つの過剰」、すなわち設備・雇用・債務の過剰も、04年頃には解消した。
 このように日本経済は立ち直ってきたのに、国民生活は何故いまもって四重苦に苦しんでいるのであろうか。それを解く第一の鍵は、図1の中に在る。図1は、景気回復の直前である01年度を100とする指数で、国内総生産(GDP)とその主な内訳である輸出、設備投資、家計消費、住宅投資(いずれも実質値)の推移を、07年度まで描いたものである。
 一見して明らかなように、輸出がこの六年間に七割以上も伸びて、成長(国内総生産の増加)を引っ張っている。次に設備投資が二割強伸びているが、輸出の伸びに比べれば低い。これは、輸出に関連した設備投資だけが大きく伸びて、国内需要に関連した設備投資はあまり伸びていないからである。
 それもその筈で、国内需要の中心である消費支出はこの六年間に8%しか伸びていない。住宅投資に至っては15%も減っている。またこのグラフには書いていないが、公共投資はこの六年間に37%も落ちているのだ。


企業収益と勤労者所得の格差拡大

 何故国内需要、とくにその中心にある家計消費は、元気がないのであろうか。普通ならば、輸出企業が栄えれば、輸出企業が雇用を増やし、賃金を引き上げるので、家計の所得が増え、消費支出や住宅投資も増えて来る。そうすれば、国内企業の収益も回復し、そこでも設備投資の増加や雇用・賃金の回復が起き、更に消費支出や住宅投資が増えるという好循環が生まれて、国民生活が向上する。
 ところが、最近六年間の経済成長の中では、輸出が伸びているにも拘らず、このような国内需要の好循環に火が着かなかった。
 その原因は、図2を見れば明らかである。企業の経常利益(全産業)は、02年からどんどん回復しているが、雇用者報酬(勤労者の所得)は04年まで下がり続け、05年から緩やかに回復し始めたものの、01年以前の水準にも戻っていない。つまり、輸出増加が内需拡大に火を着ける好循環の鎖が、企業収益の増加から勤労所得の増加につながる所で切れている。
 企業はバブルの崩壊以後、「三つの過剰」の一つである雇用の整理を進めてきたので、02年から始まった景気回復の中で、常用雇用を増やし始めたのはようやく04年になってからであった。図2を見ると、この年にようやく勤労者所得の減少が止まって底を這っているのは、そのためだ。更に05年になると、ようやく一人当たりの賃金が上がり始め、図2の勤労者所得も上がり始めた。しかし、その回復テンポは極めて緩やかである。これは、賃金単価が高く社会保険料負担もある「正」社員の雇用を企業が極力抑え、賃金単価も安く社会保険料負担も無いパート、日雇い、派遣、委託などの「非」正社員を増やしているためである。
 このようにして生まれた企業収益と勤労者所得の格差こそが、国民生活の向上と国内需要の盛り上がりを欠いた景気回復を生み出したのである。



国内需要を圧迫し続けた政府

 このような景気回復パターンとなった事については、政府にも責任がある。
 小泉・安倍・福田と続いた政権は、財政赤字の拡大を防ぐため、前述のように公共投資を削減した上、国民負担(国民が負担する税金と社会保障費)を総額で8.25兆円、一世帯当たりで16.5万円増加させた。
 表1は、主な国民負担増加の内容とその合計を示した表である。増税合計は4.87兆円(一世帯当たり9万9千円)、社会保障負担増加の合計は3.38兆円(同6万8千円)である。
 国民負担の引き上げ8.25兆円(一世帯当たり16万7千円)と、公共投資の削減13.7兆円(実質GDPベース、01〜07年度)は、ただでさえ勤労者所得の回復が遅々としている時に、国内需要を直撃した。図1に見るように、消費支出や住宅投資などの国内需要項目が伸びなかったのは当然である。
 国内需要が弱いために、消費者物価は前回の図2に示したように、07年中頃までほぼ横這いで推移した。このため政府はデフレ(物価の持続的下落)を心配し続けた。物価の下落で販売価格が低下し、企業収益が圧迫されて不況に逆戻りしては大変だと言うのである。
 しかし、現実には図2に示したように、企業収益は増加を続けた。それは、前回の図2のグラフで示したように、企業物価は04年から上昇を続け、企業収益の圧迫などは起こっていなかったからである。



各種の格差拡大のメカニズム

 見当違いのデフレを心配し続けた政府は、日本銀行に対し、出来る限り超低金利を続けることを要望し続けた。その結果、前回見たように、超低金利とそれに伴う円安傾向が続いたのである。超低金利も円安も、国民生活を苦しめることは、前回詳しく述べたが、輸出企業には極めて有利である。円安で輸出品を安く売り、輸出数量を伸ばすことが出来るし、低金利のおかげで事業資金を低コストで調達出来るからである。
 こうして、国民生活・国内需要の沈滞と輸出に偏った経済成長という図式が出来上がった。図3は、その因果関係を示したフローチャートである。
 国民負担増加と公共投資削減という「財政緊縮」と「超低金利」の組み合わせ(ポリシー・ミックス)は、国内需要沈滞による輸出圧力と円安によって、輸出に偏った成長を作り出す。国民生活は、財政緊縮=国民負担増加、超低金利、円安、円安に増幅された国際商品市況の値上がりによる輸入物価の上昇、の四つによって圧迫され、企業と家計の格差は拡大している。
 公共投資削減、輸出に偏った成長、輸入物価の上昇、国民生活の沈滞は、国内需要に依存する企業、とくに中小企業と、それらに依存する地方経済に打撃を与え、大企業と中小企業、中央と地方の間にも格差を生み出した。



海外からの衝撃に翻弄される日本経済

 このような図式の日本経済は、国内に成長の支柱がないので、海外経済からの衝撃には極めて弱い。
 その第一波は、石油や穀物などの国際商品市況の大幅上昇という形で、07年から08年にかけて日本経済を襲った。このため、消費者物価の上昇による国民生活の圧迫、輸入原材料コストの上昇による企業収益の圧迫が起こった。日本経済全体の立場から見ると、外国品を高く買って国産品を安く売るという交易条件の悪化であり、日本の所得が失われることを意味する。08年4〜6月期に、家計消費も企業投資も純輸出(輸出と輸入の差)も前期比マイナスとなり、実質GDPは前期比年率−3.0%と大幅なマイナス成長に落ち込んだのはそのためである。
 第二波は、サブプライムローン問題である。住宅価格の上昇を見込んで低所得層に貸し込まれた米国のサブプライムローンは、06年に住宅価格の上昇がピークを打って下がり始めると、たちまち回収困難となった。銀行はこの住宅ローンを証券化して欧米などの投資銀行、証券会社、生保会社、各種のファンドなどに売っていたので、サブプライムローンの焦げ付きは証券化商品の値下がりとなり、それを保有する金融機関の資産が減価し始めた。回収困難は住宅ローン一般にも広がり、派生商品を含む金融商品全般の値下がりに波及したため、資産減価で自己資本が不足したり、遂には債務超過で倒産する金融機関が続出し始めた。
 幸い日本の金融機関は、このようなリスクの高い金融商品にあまり投資していないので、金融危機の痛手は浅い。しかし、金融危機で世界経済が減速するため、輸出一辺倒の日本経済は9月以降大きく悪化している。これを予想して日本の株価は、金融危機の痛手は浅いのに、痛手の深い欧米諸国と同じような暴落に見舞われている。
 将に輸出に偏り過ぎた経済運営の咎めが出ているのである。