シリーズ「国民生活重視の経済政策を考える」
T. 四重苦に悩む国民生活の現状
 ―『軍縮』(200812月号、No.337、H20.11.10)
     

政治家は国民生活重視と言うが

 「政治とは生活だ」「国民の生活が第一」。これは07年7月の参議院選挙で、小沢民主党が掲げたスローガンである。小沢代表の顔写真の上にこの文字が踊るポスターが大活躍し、参議院選挙は民主党の大勝利に終わった。
 これを見た自民党も、08年1月の党大会において、これからは、「生活重視の政治」に切り換えると宣言した。
 早晩実施される総選挙では、各党こぞって「国民生活重視」の大合唱となろう。しかし現実の国民生活は、政治家の大合唱とは裏腹に、08年に入って一段と深刻な状態になっている。
 第一に、消費者物価の上昇である。政府がデフレ(物価の持続的下落)がまだ心配だなどと言い続けているうちに、国民生活を支える商品とサービスの値段は、07年秋頃から上昇し始めている。最近では、ガソリンや食料品の値上がりで、消費者物価は前年比で2%台の上昇となっている。
 消費者物価が上昇すると、同じ所得でも買える物やサービスの量が減るので、生活水準は下がる。金額ベースの賃金、所得、消費を「名目」賃金、「名目」所得、「名目」消費と呼び、そこから物価上昇分を割り引いたものを「実質」賃金、「実質」所得、「実質」消費と呼ぶが、この「実質」の方が生活水準を測る尺度になる。その実質賃金、実質所得、実質消費が消費者物価上昇に喰われて減少し、国民生活が苦しくなっているのである。
 第二に、超低金利が続いている。三年定期預金の金利でも0.33%に過ぎないし、普通預金の金利に至っては無きに等しい。そのような時に消費者物価が2%台で上昇しているのであるから、将来に備えた預金残高は「実質」で目減りしているのである。これも将来を不安にし、国民生活を圧迫している。
 第三に、日本の通貨である「円」を外国の通貨で測った値段、つまり円の為替相場は、21世紀に入って値下がりしている(円安)。つまり外国の物を買うのに、これ迄より多くの円を支払わなくては買えない。これは、国民生活の対象となっている輸入品の値上がりであり、海外旅行費用の上昇である。これも国民生活にとって不利である。
 第四に、08年に入って日本の景気は悪化している。雇用者が減り、失業者は増えている。賃金も頭打ちで、上昇していない。その上、米国発の金融危機で日本の景気は更に悪化すると見込まれ、雇用・賃金の先行きは、不安につつまれている。このような労働事情も、国民生活を苦しめている。
 以上のように、国民生活は四重苦の状態である。このため、図1に示したように、国民の生活不安度指数や消費者態度指数は、この8年間で最低の水準まで下がってしまった。
 以下では、この四重苦をもたらしている経済の動向を詳しく見ていこう。


物価は4年も前から上がり始めた

 政府はインフレよりデフレを心配し、まだデフレ脱却は確認できないなどと言い続けてきたが、図2に見る通り、企業が国内で取引する価格の平均である「国内企業物価」は、04年頃から既に毎年2%ほど上昇していた。
 しかし消費者物価は、07年秋までほぼ横這いであった。これは、消費者物価に含まれ、企業物価に含まれないサービス料金が、賃金の頭打ちを反映してほとんど上昇していなかったからである。その上、消費者物価に沢山含まれているパソコン、携帯電話などデジタル家電が、大きく値下がりしたことも響いた。
 しかし、図2を見ると分かるように、企業向けサービス価格は07年初めから上昇し始め、また国内企業物価は、石油製品、穀物、鉱石など国際商品市況の高騰を反映して07年秋頃から一段と上昇率を高めていた。
 これらを反映して消費者物価も07年秋から上昇し始め、遂に前年比上昇率は2%を超えたのである。国民生活を圧迫する消費者物価の上昇は、このように十分に予見出来たことであり、政府はもっと早くから、デフレよりもインフレの心配をすべきであった。


超低金利で年間22兆円の目減り

 デフレを心配した政府は、超低金利を出来る限り続けることを日本銀行に期待し続けた。このため、量的緩和政策を中止して政策誘導金利をゼロ%から0.25%に引き上げたのは、国内企業物価が2年間上昇し続けたあとの06年7月となり、07年2月に更に0.5%へ引き上げたあとは、現在までこの超低金利が続いている。
 このため、3年物の定期預金金利は0.33%、10年物の長期金利でさえ、国債の市場利回りで1.5%前後にすぎない。このためいずれの金利も2%超の消費者物価上昇率を下回っており、定期預金や長期国債で保有されている国民の金融資産は目減りしている。
 図3は、過去における長期国債の利回りと消費者物価上昇率の関係をプロットしたものである。過去の平均的な姿からすれば、消費者物価の上昇率が2%強の時は、長期金利が5%程度であり、現在の金利水準が如何に低いかが分かる。
 国民の保有する金融資産の平均金利を、仮に3年物定期預金の0.33%と仮定すると、2%超の消費者物価上昇率との差はほぼ2%である。08年3月末現在、家計の保有する金融資産は1490兆円、負債は387兆円であるから、差し引き1103兆円の純金融資産を持っている。その2%が目減りしているということは、年間22兆円に相当する巨額の金額が、国民の金融資産から消えていることになる。これは大変な国民生活の圧迫である。


円安で外国製品と海外旅行が35%割高に

 このような超低金利の持続は、海外への資金流出圧力を生み、円の為替相場を安くしてきた。図4の(1)に示したように、00年以降の円相場は対ドルで横這い、対ユーロで円安となっているが、すべての日本の貿易相手国の通貨との為替相場を貿易ウェイトで加重平均した(2)の「名目実効為替レート」を見ると、この8年間に20%程の円安となっている。
 更に、相手国の国内物価と日本の国内物価の関係を見ると、諸外国の物価は程度の差はあれ持続的に上昇しているのに対して、日本の物価は最近まで比較的安定していたので、この8年間に日本の物価は一五%程割安になっている。この物価の相対的な関係を加味したのが、(3)の「実質実効為替レート」である。
 これを見ると、円相場はこの8年間に35%(20%プラス15%)の円安となっている。言葉を変えると、為替レートで換算した場合、諸外国の物価は日本の国内物価に比して35%も割高になっている。日本国民は、外国製品を35%も高く買うようになり、海外旅行中の外国の諸物価は35%も高く感じるようになった。
 これは、日本の国民生活にとって、明らかに不利な話である。


雇用は減り実質賃金は下落

 最後に国民生活を支える賃金・雇用情勢の悪化である。
 08年8月現在、前年に比べて日本の就業者数は52万人減り、失業者数は22万人増えた。07年初めに3.6%まで下がった失業率は、8月現在4.2%に上がってきた。賃金や可処分所得を前年に比べ、そこから消費者物価上昇率を差し引くと(実質ベースで見ると)、いずれもマイナスである。
 国民生活はいま、雇用の減少と賃金、所得の実質的な減少に直面し、将来に備えた金融資産も目減りするという最悪の事態になっている。それでも消費を簡単に減らせないので、目減りしている貯金を更に取り崩して生活しているのである。
 消費に元気が出ないのは、当たり前である。それが景気を更に悪くしている。
 何故、日本の国民生活はここ迄追い詰められているのであろうか。このシリーズの次回(U)と第三回(V)で、その理由を考え、最終回(W)では総選挙後の政治情勢の中で、経済政策と国民生活がどう変わるのか考えてみよう。