小泉内閣の財政改革を検証する (H16.6.24)


─国民政治研究会「政策研究会議」における講演─

    6月21日午後、国民政治研究会(田中克人理事長)の第2066回「政策研究会議」に講師として招かれ、"小泉内閣の財政改革を検証する"というテーマで講演し、そのあと活発な質疑応答を交わした。
    以下は、講演のポイントの要約と、参考資料として用いた私の新著『日本経済 持続的成長の条件』(東洋経済新報社、2004年6月刊)の関連ページを示したものである。


1.小泉政権は効率の悪い減税政策を実施した
【財政の経済効果は歳出だけ見ていては分からない】
    小泉政権は現在までの約3年間の間に、公共投資の削減を中心に歳出規模を縮小した。それにも拘らず、景気は昨年秋頃から民間主導(正確に言えば輸出と輸出関連設備投資主導)で回復し始めた。このため、今回の景気回復は、財政刺激とは無関係に起っているという理解が一般的に行われているようである。小泉首相もそう主張して参院選に臨んでいる。
    しかし、この理解は間違っている。
    財政の経済に対するインパクトは、歳出だけ見ていたのでは分からない。早い話が、減税を行えば、歳出は不変であっても、経済は刺激され、民間の消費や投資が増える。
    従って、小泉政権の財政政策を検証するためには、歳出と歳入(税収)の両方を調べ、収支尻として財政赤字が拡大したか縮小したかを調べてみる必要がある。財政赤字が拡大していれば、財政は当面の景気回復に寄与していることになる(21頁)。
【小泉政権下で税収は約9兆円落込んだ】
    小泉政権が発足した2001年4月から実施された2001年度当初予算と、本年3月に終わった2003年度予算の歳出、税収、公債発行額を比較してみると、以下の通りである。



    これを見れば一目瞭然のように、歳出は確かに8633億円削減されたが、税収が歳出削減を大きく上回って8兆9410億円も減少したので、公債発行額は小泉首相の30兆円の公約枠を突破して8兆1270億も増えたのである。
    この税収の大幅減少は、小泉政権下で不況が深刻化し、失業増加、賃金カット、企業収益の悪化が進んだため、所得税と法人税を中心に、税収が大幅に落込んだためである。
    それだけではない。この3年間に特別会計から一般会計が借入れるなどの「隠れ借金」が4.6兆円増えている。これを加えると、実質的な公債発行の増加は約13兆円になる(21〜22頁)。
【税収落込みによる赤字拡大を追認した小泉財政政策】
    このように小泉政権は、財政赤字を削減するために歳出を減らしたが、景気を大きく落込ませたために、歳出削減を大幅に上回る税収の減少を招き、財政赤字は逆に大きく拡大させてしまったのである。
    この場合、理論的には二つの対応策があり得る。
    一つは、税収が落込んだ分だけ歳出を更に削減する減額補正予算を組むことだ。しかしこれをやれば、景気は更に落込んで税収は一層減少し、不況と減額補正の悪循環が起きるであろう。さすがに小泉政権は、この道を選ばなかった。
    そこでもう一つの選択肢として、税収減少分の公債を追加増発し、当初予算の歳出規模を維持した。つまり30兆円の公約枠を突破して公債を発行し、財政赤字の拡大を追認したのである(22頁)。
【ビルトイン・スタビライザーは効率の悪い減税の追認】
    この公債増加8兆円(実勢は13兆円)は、経済学で言うビルトイン・スタビライザーである。小泉政権は3年間の間に、受動的に8兆円(同13兆円)の減税を追認し、景気を支えたのである。その意味で、今回の景気回復は財政刺激なしに始まったとする小泉首相の説明や、それを容認するマスコミの論調は間違っている。
    しかもこの減税追認は、最も経済効率の悪い減税政策である。何故なら、努力して所得を増やした者や収益を増やした企業が報われる減税とは異なり、所得の減少や損失の発生で納税能力を失った個人や企業に対する救済的減税だからである。社会政策としてはともかく、経済政策としてはおよそ効率の悪い減税だ。
    それくらいなら、始めから8兆円減税を実施して経済活動を刺激した方が、結果的に経済が回復して自然増収が発生し、赤字拡大は8兆円以内に収まった筈である。

2.財政改革の3本柱を検証する
【中央省庁の縮小につながる規制改革や地方分権を行っていない】
    本来の財政改革は、@行政改革と表裏の関係にある歳出削減、A持続的成長による税収の復活、B社会保障制度改革による赤字拡大要因のコントロール、の三つが必要である。次にこれを検証してみよう(142〜144頁)。
    まず@は、中央官庁が現在行っている民間経済と地方自治体に対する過剰介入の仕事をなくし、中央政府は外交、安全保障、司法、治安など本来の仕事に集中して、「小さい効率的な政府」になることだ。
    しかし、小泉政権の規制撤廃は、「構造改革特区」の創設に見られるように、官僚まかせの及び腰で、中央官庁の縮小につながっていない(186〜194頁)。
    地方分権も、補助事業の仕組みを廃止しない「三位一体」改革では、中央官庁の縮小にならない(195〜197頁)。
    特殊法人改革も人目を引く道路公団と郵政公社だけに集中しているので、広範な特殊法人整理は進んでいない(171〜184頁)。
【自然増収を生む持続的成長の展望が無い】
    Aの持続的成長による税収復活は、まったく展望が見えていない。景気回復にも拘らず雇用者報酬は減り続けている(73〜75頁)。その上年金と税制の改悪に伴なう国民負担の増加が本年度は1.2兆円、来年度以降は2.2兆円加わってくる(80〜81頁)。これでは消費水準を維持するために家計貯蓄率はますます低下する一方であろう(82〜83頁)。所得に裏付けられた消費の復活は望めない。
    そうなると、2003年度と2004年度は3%成長をしても、輸出と輸出関連設備投資の増勢が鈍化する2005年度以降は、成長率が全体として低下し、持続的成長軌道には乗らないのではないか(76〜80頁)。
    従って、デフレ収束による自然増収への道も見えてこない。
【基礎年金、高齢者医療、介護は「税」方式へ】
    少子高齢化の下でも財政赤字の拡大要因とはならない社会保障制度を確立するというBの課題は、まったく進んでいない。今回の年金改革法は、保険料引上げと給付水準引下げで当面を糊塗するだけで、出生率などの前提が早くも崩れている。これでは未加入、未納がますます増え、年金保険制度そのものが崩壊し、その後始末で財政赤字は更に拡大する。
    基礎年金、高齢者医療、介護は「保険」方式をやめて「税」方式(消費税の目的税化)に改め、働く世代の医療と報酬比例の確定拠出年金(積立方式)だけを、「保険」方式とする大改革を実行しない限り、財政赤字の際限のない拡大要因は続く(198〜204頁)。