下限割れ容認の次の手は (『金融財政』2005.6.16号)
日本銀行は、五月二〇日(金)の金融政策決定会合(政策委員会)において、日銀当座預金残高が操作目標である現在の三〇〜三五兆円の下限を一時的に下回ることを容認する決定を賛成多数で決めた。反対した二名は、一時的ではなく、下限そのものの引下げを主張したようである。そして六月二日に多額の税収が国庫に吸い上げられた折に、当座預金残高が二九兆円台に低下するのを二日間放置した。
私が三月一四日付の本欄「BANCO」で、「日銀は札割れを放置せよ」と主張した頃から、政策決定会合では何回か議論されたようであるが、ようやく二ヶ月遅れで下限割れの容認が行われた。率直に言ってもう少し早く、例えば無事に「ペイオフ解禁」を迎えた四月中でもよかったのではないかと思っている。
今回の決定の内容について、私はやや批判的である。反対したと伝えられる二人の政策委員も、恐らく同じ視点からの反対ではないか。
福井総裁も認めているように、買オペに対する応札額が予定額に達しない「札割れ」が発生し、放置しておくと日銀当座預金が三〇兆円の下限を割ってしまうのは、金融システム不安の後退で、金融機関の「予備的動機」に基づくベースマネー需要が落ちているからである。
それならば、「予備的動機」の減少に見合う分だけ日銀当座預金の操作目標を引下げても、「取引動機」と「資産動機」に基づくベースマネー需要には今まで通り過大な供給をしている訳であり、「量的緩和」の程度はそのまま維持されていることになる。そのことを十分に説明すれば、日銀が心配している引締め転換の誤解は発生しないのではないか。
なぜそのような説明をして、堂々と目標額の三〇〜三五兆円を引下げないのか。下限の三〇兆円割れは、「一時的」だとか「技術的」だとか言う説明は、いかにも姑息で、中央銀行らしくない。恐らく引締め方向への政策転換と間違われないように、慎重を期しているのであろう。しかし後になって日本銀行の判断の遅れや政府に対する過大な配慮が批判され、中央銀行の政策能力や独立性に対する不信感が出たらどうするのか。
更に、「量的緩和政策」に対するもっと根本的な懸念がある。それは、銀行貸出が減り続けている中で、不動産融資だけが大きく伸び始めたことである。大都市の優良不動産の値上がり期待が膨らみ始めたためであるが、過大な日銀当座預金は明らかにこれを促進するであろう。
その結果、消費者物価(コア、以下同じ)の前年比がマイナスの下で、不動産価格だけが上昇してくる可能性がある。その時日本銀行はどうするのか。八〇年代後半の不動産バブル発生時も、消費者物価の前年比は、八九年始めまで一%以下で落着いていた。
消費者物価の前年比が継続的にゼロ%以上になるまでは量的緩和・ゼロ金利政策を続けるという日本銀行の約束は、将来の金利政策に関する市場の予想を安定させ、長期金利を低下させる効果があった。景気の先行き不安が消えない現在、この効果を維持したいのは分かる。
しかし、資産バブルが発生すれば、物価が落着いていても持続的成長が崩れることは十分に分かっている筈だ。消費者物価の下落が続く間の量的緩和・ゼロ金利政策は約束通り続けながら、ベースマネー需要を上回る不活動残高を圧縮する形で目標を徐々に引下げ、万一バブル発生懸念が出た時の機動的運営に備えるべきではないか。