歴史的改革のスタートラインに立った民主党
―総選挙における民主党の圧勝に思う(H21.8.31)
【政権交代は目的ではなく構造改革を成し遂げるための手段】
8月30日(日)の総選挙の結果、民主党が308議席を得て圧勝し、自民党は僅か119議席に転落した。国民の多くが長い間待ち望んできた「政権交代」が実現する。
昭和30年に自民党が結成されて以来、細川・羽田内閣のごく短い期間を除けば、半世紀以上にわたって常に自民党政権が続いてきたが、遂にその万年与党の自民党が下野し、代わって野党第一党であった民主党が、社民党、国民新党などと連立して政権の座に就く。
これで、政権交代可能な議会制民主主義が半世紀振りにスタートすることになるが、民主党はこれを単に政権交代時代の始りにとどめてはならない。
「明治維新」、「敗戦」と並ぶ近代日本の3回目の歴史的転換の始りとしなければならない。民主党にとって政権交代は「目的」ではなく、歴史的な「回天の偉業」という「目的」を成し遂げるための「手段」である筈だ。
【民主党が目指すべき構造改革とは】
民主党に期待されている歴史的改革の中身は、人によってニュアンスの違いはあろうが、私は次の二人の学者の構造改革論が比較的適切にポイントを突いていると思う(詳しくは拙著『日本の経済針路―新政権は何をなすべきか』W―4“どの「構造」を「改革」するのか”岩波書店、参照)。
一つは経済学者の野口悠紀雄氏の言う「1940年体制」の改革である。太平洋戦争を遂行するために1940年に創られた官僚主導システムが、内務省を除いて、戦後進駐してきた米軍によって解体されることなく残り、戦後復興期と高度成長期の業界指導体制として機能した。しかし、日本が先進国に追いつくと官僚は先進国という手本を失って指導力を喪失し、政官業の既得権益を守る勢力に成り下がった。
もう一つは、政治学者の飯尾潤氏の議論だ。万年与党自民党の下で「政治家は政局(党内派閥間の政権争い)をする動物、政策は官僚の領域、選挙は政治家の個人的出来事」という世界が広がり、議員内閣制ではなく「官僚内閣制」が支配してきたと言う。
【政権のシステムと人事を整えるのはスタートライン】
民主党が選挙期間を通じて国民に訴え続けてきたこと、即ち「政治を官僚の手から国民の付託を受けた政治家の手に取り戻す」ということは、この二つの意味の構造を改革することを指していると解釈してよいであろう。
民主党政権は、首相直属の「国家戦略局」と「行政刷新会議」を創り、また各省に100人の政治家を大臣、副大臣、政務官などとして送り込み、政治家主導でこの構造改革を実現する構えである。
この政権のシステムと人事が、先ず注目される。しかし、システムと人事が整っても、それは歴史的転換のスタートラインに過ぎず、果たしてうまく機能して改革を実現出来るかどうかは、これからである。
【民主党政権は四方を敵に囲まれる】
民主党政権は、四方を敵に囲まれると覚悟すべきであろう。これらの敵とうまく戦いながら抵抗力を削ぎ、一部を味方に取り込み、改革に協力させることが出来るかどうかに成否が懸っている。
正面の敵は、いうまでもなく野党第一党の自民党である。長い間の万年与党の経験から、政権の痛い所、責め方はよく知っている。細川総理を退陣に追い込んだ時のあの「えげつない」責め方は、記憶に新しい。
後ろには、面従腹背の官僚がいる。しかしこの官僚達に改革の意義を悟らせ、改革に協力させる器量が民主党の政治家に無ければ、政権は機能不全の危機に直面するであろう。
左右には、これまでの政官業の癒着体制の中で既得権益を謳歌してきた勢力が居り、隙あらば政権を崩そうとするであろう。財界、産業界、言論界、マスコミなどの中にも居る。彼等の中に、改革の歴史的意義を理解して協力してくれる勢力をどれだけ作れるかによって、政権運営が左右されるといっても過言ではない。
【国民の支持を4年間つなぎ止めれば敵に勝てる】
これら四方の敵に対峙し、味方に引き入れていく上で大切なことは、基本的には二つであろう。
一つは、政権のシステムと人事だ。民主党内部の老壮青の適材を適所に配することが出来るか。国民が信頼し、安心できるような専門家を民間から起用し、適所に配することが出来るか。官房長官、財務大臣、外務大臣は党内の指導的政治家を起用すべきであろうし、他の閣僚にもよく勉強している前途有望な政治家を当てるべきであろう。しかし、国家戦略局の中の外交、防衛、マクロ経済、金融などに、国民が安心して期待できるような専門家をうまく民間から入れられるかが、一つのポイントとなろう。
もう一つは、民主党政権に対する国民の支持を4年間つなぎ止めることである。国民の支持が続けば、四方を囲む敵も攻めにくいし、協力に転じる者も増えてくる。それには、「マニフェスト」で約束した政策を、着実に実行して実績を積み重ねることである。
【マニフェストを実行出来るかどうかが鍵】
マクロ経済について言えば、一つは、「マニフェスト」で約束した通り、平成22〜25年度に16.8兆円の予算組み替えを行い、家計と地方経済の直接支援で内需から経済を立て直す計画を、本当に実現してみせることだ。
もう一つは、「マニフェスト」の中に在る三つの大切な政策を、@国民のライフステージ毎の機会均等と安全ネットの保障、A低炭素社会の実現、B新興国・途上国への直接投資と環境エネルギー技術の支援、の三つの計画として国家戦略局が整理し、国民に訴え、実現していくことだ。
Aは財界の協力取り付け、Bは外交との連動が大切になる。
これらの計画は、今後の日本が進むべき経済の指針であり、新政権の経済戦略として位置付けるべきことである(このHPの<著作>“岩波書店、緊急出版!鈴木淑夫著『日本の経済針路―新政権は何をなすべきか』参照)。