日本銀行総裁人事の迷走H20.2.25)


【ややフライング気味の新聞報道】
 3月19日に任期切れを迎える日本銀行正副総裁人事の国会承認が、もたもたしている。
 朝日新聞以外の主要各紙は、武藤副総裁の総裁昇格で決まりと報じたが、参議院で多数を占める野党のうち、民主党以外の各党はこの昇格人事に反対の意向を表明し、民主党の態度はまだ決まっていないのであるから、野党の反対でこの昇格人事が参議院で否決される可能性は残っている。朝日新聞以外の主要各紙の決定報道は、ややフライング気味である。
 日本銀行総裁人事は、本来経済問題である。その国会承認が、このように遅れているのは、この問題が少なくとも二つの点で政治的ジレンマに陥っているからである。

【政府・自民党と民主党のイニシアチブ争い】
 第一は、政府・自民党と野党、とくに民主党との間のイニシアチブ争いである。
 政府が提案した案を野党が承認すれば、日本銀行総裁人事は政府・自民党のイニシアチブで決められたこととなり、野党は参議院で多数を握っているにも拘らず、受身で承認したことになる。
 そこで民主党は、内内で政府に複数案の提示を求めたようであるが、そうなると、複数案の中から野党のイニシアチブで選んだことになり、政府・自民党の面子が潰れる。
 この面子争いのジレンマを解決するには、事前に政府・自民党と民主党が裏で話し合いをして選ぶしかないが、これでは「密室の協議」となり、「大連立」のにおいもすることから、民主党は乗るわけにはいかない。

【民主党の迷い】
 第二は、民主党内の迷いである。
 民主党には二つの思いがある。一つは、こういう大切な経済問題については、原理主義的な対応をせず、天下国家の立場から柔軟に対処し、政府・与党案を呑んで「政権担当能力」をアピールしたいという思いである。
 もう一つは、民主党の本来の主張の筋を通し、参議院で多数を与えてくれた支持者に応えたいという思いである。5年前の武藤副総裁に反対した以上、その後5年間に武藤副総裁の評価が変わった理由を明らかにしなければならないが、その理由はあるのか。超低金利政策を続けて企業と家計の格差を拡大し、国民生活の向上を妨げていることについて、民主党はどう考えているのか(このHP<論文・講演>のBANCO“日本経済の国際的沈下”H20.1.31参照)。国民生活重視の政治方針と矛盾しないのか。

【日銀総裁の適格条件】
 以上の二つの政治的ジレンマが、本来経済問題である筈の日銀正副総裁人事の国会承認を遅らせているのだ。
 日銀総裁の適格条件については、かつて故吉野俊彦博士(元日銀理事)がその著書の中で、七つの条件を挙げたことがある。私も『日本の金融政策』(岩波新書)の中で、この七つに加え、「物価安定最優先が国民生活向上の基礎であり、インフレは常に金融政策の責任であることを、豊かな知識と経験に裏づけられた信念として持っている人」「清廉潔白の人」という二つの条件を挙げた。
 この九つの適格条件を100%備えている人はなかなか居ないが、私の加えた二つの条件は絶対に備えていなければならない。あとは、副総裁以下の日銀の事務方と、政策委員会を活性化させる器量があれば、欠けたところは補われ、あるいは育てられるであろう。

【政府はこれ以上人事案の提示を遅らせるな】
 日銀総裁の適任者選びを、これ以上、国会の政治的ジレンマで遅らせてはならない。
 またこの人事承認案件を党利党略に用い、混乱させることの無いように、国民は看視の目を光らせていなければならない。
 政府の与野党に対する人事案提示が遅れ、3月19日に近づくと、「否決」即ち「総裁空白」の恐れが出てくる。政府がそのような状況を作り出し、「空白」は野党の責任だとして、承認せざるを得ない状況に追い込むのも感心しない。
 今週あたり、政府は与野党に人事案を正式に提示し、万一否決されても、次の案を直ちに提示するぐらいの器量をもって臨むのが、責任ある政府の態度として国民に評価されるであろう。