2008年10月版

米国の金融危機と景気後退で日本経済の前途に景気後退の懸念

【米国の金融安定化法案を巡る混乱で世界の株価が暴落】
 米国の金融危機が深まり、先行き不安から先進国、途上国を問わず、世界各地の株価が一斉に急落している。日本の株価も、最近5年半振りの最低水準にまで下がっている。
 切っ掛けとなったのは、9月29日(月)に米国の金融安定化法案(最大7千億ドルの公的資金投入による不良債権買い上げなど)が、税金投入による金融機関救済を嫌う共和党議員の反対で、下院において否決されたことである。その後、預金者保護を手厚くするなどの修正を加え、10月3日(金)に上下両院で可決、成立したが、不良債権の買取り価格など公的資金の具体的投入方法が不明であることなどから、市場ではその有効性に疑を差しはさむ声が強く、世界的な株価の下落傾向は止まっていない。

【solvency危機対策の甘さに対する市場の警鐘】
 いま米国経済には、金融システムの危機と景気後退の危機の二つがある。また金融システムの危機は、流動性の危機とsolvencyの危機の二つがある。
 流動性の危機は、サブプライム・ローンの証券化商品などを多く保有する金融機関の信用が疑われているため、資産を売却したり担保として提供しても市場で資金を調達出来なかったり、高いプレミアム金利を要求されたりして金融機関の経営が行き詰まり、支払不能の連鎖で金融システム全体が混乱する危機である。これに対応するため、いま日本銀行を始めとする先進国の中央銀行は、資産の買いオペによって連日のように潤沢な資金を市場に供給している。日本の市場における外銀プレミアムも、一頃よりは縮小した。
 これに対してsolvencyの危機は、金融機関の保有する資産の価格(今回はサブプライム・ローンに関連した証券化商品の価格など)が暴落して債務超過に陥り、倒産する危機である。これも支払不能の連鎖を引き起こして、金融システム全体を大混乱に落としいれる。
 今回の株価暴落は、このsolvency危機に対する米国政府の対応が信用出来ないために起こった市場からの警鐘である。

【米国当局の「ダブル・スタンダード」に対する市場の不信】
 Solvency危機に対する対応は、普通、次の3段階がある。@solvency喪失で倒産する金融機関が小規模であれば、金融システム全体への影響は小さいから、自己責任原則で倒産させ、預金保険の対象となる預金者のみを救済する。A倒産する金融機関が巨大で金融システム全体を混乱させるリスクが高い時には、経営者と株主に責任を取らせた上で、公的資金で救済する(too big to fail)。B経済全体の危機で金融機関の多くがsolvency喪失の危機に陥った時は、公的資本を投入してsolvencyを回復させ、金融システムの崩壊を防ぐ。
 Bのケースまで行ったのは、1929〜33年の世界大恐慌の際の米国や1997〜2003年の平成金融恐慌の日本である。
 今回の米国の場合は、巨大な住宅公社2社、巨大な保険グループAIG、第5位の証券会社ベア・スターンズを救済したが、これは、明らかにAのケースである。しかし第4位の証券会社リーマン・ブラザースを@のケースとして救済しなかったため、市場は米国当局の対応を「ダブル・スタンダード」「基準が不明確」として不信感を抱いている。9月26日(金)までの株価下落は、このような市場の不信感が背景にあった(詳しくはこのHP<最新コメント>“米国の金融危機をどう見るか”H20.9.24参照)。

【米国の景気底入れは早くても明年4〜6月期か】
 しかし、9月29日(月)以降の株価暴落は、米国経済がBの段階にまで来ているにも拘らず、米国当局の対応がはっきりしない事に対する市場の苛立ちが背景にある。
 言葉を変えれば、金融危機の背景にある景気後退とその全金融機関への影響について、米国当局の認識が甘すぎるのではないかという不安である。
 米国の住宅価格の下落はまだ続いている。そうなれば、住宅投資が控えられるだけではなく、住宅価格下落の逆資産効果で個人消費も悪化し、景気後退は必至となる。住宅担保の借入れも担保不足となり、回収を迫られるので、消費が更に落ち込む。そうなれば、設備投資も減少して景気後退は加速する。恐らく、本年10〜12月期と明年1〜3月期は、2四半期続けてマイナス成長となる可能性が高い。住宅価格の底入れは、早くても明年4〜6月期と見る意見が多いからである。
 そうなると、住宅の担保価値の下落と景気後退によって金融機関の保有資産は更に値下がりを続け、負債超過(solvency喪失)に陥る金融機関が増えてくるであろう。これは、典型的なBの段階である。
 米国当局は、金融安定化法に盛り込まれた7千億ドルの公的資金を、どのような基準で不良債権の買上げや公的資本の投入に用いるかを早急に決めて実行に移さなければ、現在の金融不安は収まらず、景気底入れの時期も見えてこないであろう。

【日本の鉱工業生産、出荷は代表的輸出品目を中心に下落傾向】
 このような米国経済の現状とその世界経済への悪影響は、輸出に極端に偏ってしまった日本経済に大きな打撃を与え始めている。8月の鉱工業生産は、前月比−3.5%と予測指数(同−2.9%)を上回る大幅な下落となり、9月と10月の予測指数も、夫々同+1.6%増、同−0.1%減と、8月の大幅な落ち込みを取り戻せない形となっている。このため、鉱工業生産と出荷は、図表1を見れば明らかなように、本年3月以降下落傾向にあり、在庫率も8月にはやや大きく高まった。
 下落をリードしている品目は、乗用車、一般機械、電気機械などの主要輸出品目である。また、足許の機械に対する設備投資と輸出の動向を示す一般資本財出荷は、図表2に示したように、本年3月以降一貫して前年水準を下回り、その前年比下落幅は月を追って拡大し、8月は−15.2%に達した。
 9月調査「日銀短観」でも、一般機械、電気機械、自動車、精密機械の「業況判断」DIが、6月調査に比べて大幅に悪化したことが目立つ。

【雇用と設備投資に対する企業の態度はいまのところ底固い】
 このような鉱工業生産の減少傾向が、雇用・賃金を悪化させて家計消費を減退させ、また設備の過剰感を生んで設備投資の下方修正を招くと、日本経済は秋以降、本格的な景気後退に陥るリスクが高まってくる。
 しかし、今のところ、まだその兆候ははっきりとは見えていない。8月の雇用の前年比は、製造業などでマイナスとなっているものの、医療・福祉、サービス業などのプラスに支えられて、全体として横ばいである。名目賃金の前年比はマイナスとなったものの、可処分所得(勤労者世帯)はプラスである(以上図表2参照)。9月調査「日銀短観」の「雇用人員判断」DI(全規模全産業)も、足許−2%ポイント、先行き−3%ポイントの「不足」超である。
 また、「日銀短観」の設備投資計画は、土地投資額(全産業)が前年比−40.6%と大幅に落ち込んでいるが、ソフトウェア投資(同)が同+5.0%と前年(同+3.9%)の伸びより高く、GDPベースに反映される「土地投資を除きソフトウェア投資を含む」設備投資計画(全産業+金融機関)は、本年度は前年比+2.9%増と前年(同+2.7%増)を僅かに上回り、底固さを示している。

【消費者物価の上昇率に頭打ちの気配】
 先行きを判断する上でもう一つ重要なポイントは、消費者物価の動向である。全国消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、このところ月を追って上昇幅を拡大し、7月は同+2.4%に達していた。しかし、8月は7月比横這いの同+2.4%にとどまった。
 ガソリン価格が反落に転じるなど国際商品市況の反落傾向が広がっており、また金融システムに問題の少ない日本の「円」が、このところ「米ドル」と「ユーロ」に対して強くなっているため、輸入物価から来る国内物価への上昇圧力が減退し始めたためである。
 消費者物価の上昇率縮小は、実質ベースの所得や消費を増やす要因であり、今後の推移が注目される。

【予断を許さぬ10〜12月期以降】
 米国の金融危機が峠を越しておらず、景気後退が本格化するのはこれからであり、ヨーロッパの金融システムも不安を抱えていることを考えると、まだまだ先行きは予断を許さない。
 米国の景気後退が、これからマイナス成長という形で現れて来るとすれば、その世界経済への影響は更に大きなものとなり、日本の輸出にもっと大きく響いてくるであろう。
 株価暴落の逆資産効果が家計や金融機関の行動をどの程度冷やすのか、日本の雇用と設備投資の底固さがいつ迄持つのか、消費者物価の上昇率低下による消費回復がいつから表面化して来るのか、前途には上振れ下振れ両方向のリスクが横たわっている。
 7〜9月期のGDP統計には、今回の世界的株価暴落の影響は出ないであろうが、10〜12月期以降にどのような影響が出てくるかが注目される。