米国の金融危機をどう見るか(H20.9.23)

【リーマン・ブラザーズの倒産などで日米をはじめとする世界の株価が暴落】

 米国第4位の証券会社であるリーマン・ブラザーズが倒産し、第3位のメリルリンチはバンク・オブ・アメリカに吸収され、更に保険最大手のAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)も経営破綻してFRB(連邦準備制度理事会:米国の中央銀行)が救済を発表するなど、米国の金融システムが大揺れに揺れている。
 先に、米国第5位の証券会社であるベア・スターンズが3月に経営破綻した時は、FRBが救済したので、市場関係者は大証券会社の破綻は金融システムの危機を招く恐れがあるので当局が救済するものと考えていた(too big to fail)。しかし、リーマン・ブラザーズの破綻を当局が救済しないのを見て大きな不安に陥った。
 17日のニューヨーク株式市場でダウ工業株30種平均は449ドルの急落となり、約2年10か月振りの安値(10,609ドル)で取引を終えた。翌18日の東京株式市場では、日経平均株価の下げ幅が一時450円に迫り、終値は260円安の11,489円と05年6月以来約3年3か月振りの安値となった。

【米国政府の総合対策発表と6か国中央銀行のドル資金供給で市場はひとまず小康状態に】
 その後、米国、日本、EU、英国、スイス、カナダの6か国中央銀行が、総額1800億ドル(約19兆円)のドル資金を協調して自国市場に供給する緊急対策を発表し、また米国政府が@数千億ドル(数十兆円)の公的資金を使った不良債権の買取機関を創設する、AMMF(マネー・マーケット・ファンド)の元本保証に政府基金最大500億ドル(約5兆4千億円)を使う、B金融機関株式の空売りを全面禁止する、などを柱とする総合金融安定化対策の大枠を19日に固めた。
 このため19日のニューヨーク株式市場では、ダウ工業株30種平均が368ドル高の11,388ドルで引けた。日本の株価も、19日(金)に日経平均で431円高、22日(月)に169円高となり、12,090円まで戻った。

【今回の危機もliquidityの危機とsolvencyの危機に区別するのが大切】
 取り敢えず目先の株価は小康を得たかに見えたものの、22日(月)の米国株価は対策がまだ具体的でないとして再び反落した。これで米国発の金融危機が峠を越えたわけではないことは、言うまでもない。前途にはまだ多くのリスクが横たわったおり、個々の金融機関の経営実態が不透明なこともあって、正確には今後の推移を予見し難いという困難もある。
 しかし、ここで問題を整理して、何故このような金融危機に立ち至ったかを考えることは、今後の事態を予想する上で大切であろう。
 一般に金融機関の経営危機は、liquidityの危機とsolvencyの危機の2種類がある。liquidityの危機は、負債が資産を超過しているわけではないにも拘らず、資産を担保にしたり売却したりすることによって資金を調整出来なくなったため、負債を払えなくなる状態のことである。この場合には、中央銀行がliquidityを供給して資産を流動化し易くし、支払不能を起こさないようにして、金融システムが支払不能の連鎖で動揺するのを防ぐ。

【今回もliquidityの危機に各国中央銀行は協調して対応】
 今回の場合、金融機関が保有資産である証券化商品を担保にして金融市場や資本市場から資金を調達しようとしても、証券化商品の中身にサブプライム・ローンが入っていたり、支払保証の履行が危ぶまれたりしているために、担保が信用されず、従って市場に貸し手が現れず、その金融機関はliquidityを喪失して、支払不能に陥るリスクにさらされている。
 日本の金融・資本市場でも、「外銀プレミアム」が付いた。外資系の金融機関が市場から資金を調達するには、通常の金利にプレミアムを乗せないと、貸し手が現れない。かつて90年代後半の日本の金融危機の時、日本の金融機関が国際金融市場から資金を調達するには、「ジャパン・プレミアム」を払わなければならなかったのと同じである。
 今回の危機発生以来、日本銀行をはじめとする先進国の中央銀行が、市場に潤沢な資金を供給し続けており、また6か国中央銀行が協調してドル資金を供給することとしたのは、このようなliquidityの危機による支払不能の連鎖で、金融システムが動揺するのを防ぐためである。ドル資金の協調供給が決まってから、「外銀プレミアム」は縮小した。

【solvency危機への対応はどうあるべきか】
 次に、今回のsolvency危機は、サブプライム・ローンの焦げ付きによってこれを含む証券化商品が値下がりしたことから始まり、このような証券化商品を多く保有している金融機関の発行した社債の値下がりや、そのような金融機関が保証した証券化商品の値下がりなどが発生した。サブプライム・ローンの焦げ付きに端を発する広範な金融商品の値下がりが、連鎖的に広がっているのである。このため、金融機関の保有資産の市場価値が下がり、負債を下回ることになれば、solvencyの喪失であり、倒産の危機である。
こ の場合、政策の対応としては、大きく分けて三つのケースがある。@市場の自己責任原則に基づいて倒産させ、預金保険の対象となる預金者のみを救済する。A金融機関が大き過ぎて倒産させると金融システムの危機が発生する恐れのある場合は、経営者と株主に責任を取らせた上で救済する。B大不況のような深刻な経済の悪化で金融機関の多くが一斉に負債超過に陥った場合は、負債超過に見合う公的資本を注入して金融システムの崩壊を防ぐ。
 大恐慌時の米国や90年代後半の日本では、対応は@→A→Bと進んで行った。

【米国政府の対応ルールは不明確】
 さて、今回の米国はどのケースであろうか。AIGが破綻した場合の国民生活や市場への影響は計り知れない程大きいし、巨大な住宅公社2社の場合も破綻すればその発行社債を保有している諸外国の政府や中央銀行への影響を通じて国際金融システム自体も動揺が起こり兼ねない。
従って、AIGと住宅公社2社の救済は、Aのケースとして理解できる。
 問題は、第5位の証券会社ベア・スターンズを救済して、第4位のリーマン・ブラザーズを救済しなかったことである。ベア・スターンズの救済をAのケースとして納得していた市場関係者は、これを見て米国政府のルールが分からなくなり、やや不安になっている。リーマン・ブラザーズのケースはsolvencyの喪失で、ベア・スターンズは単なるliquidity危機であったというなら納得も出来るが、そういう説明もない。
 ポールソン財務長官のルールが行き当たりばったりの恣意的なものだと見られると、次に何が起きるのか予測が一層難しくなり、それ自体が次の金融の不安要因になり兼ねない。

【住宅バブルの反転で起こるべくして起こった危機】
 最後に、米国の深刻な金融危機が起こった原因を、二つの点から考えてみよう。
 一つは、Bのケースに近いようなsolvency危機を起こした実体経済の要因である。
 米国の長期好況を支えたメカニズムの一つは、次のようなものであった。消費者が住宅ローンで住宅を購入→住宅ブームで住宅価格が上昇→住宅を売却してローンを返済し、残りを消費資金に当て、再び新たな住宅ローンで住宅を購入。
 この繰り返しで住宅投資と個人消費が伸び、設備投資を刺激して長期好況が続いた。しかし、住宅価格が永久に上がり続ける筈はない。長期上昇の中で住宅価格にバブルが発生し、それが崩壊した。グリーンスパン(連邦準備制度議長)の金融緩和政策、低金利政策は長過ぎたのである。もっと早く利上げに転じるべきであった。
 バブル崩壊でひと度住宅価格が下がり始めると、総ての歯車は逆回転する。住宅を売っても住宅ローンが返せず、消費資金に喰い込む。次の住宅はもっと小さな安い家になる。低所得層は消費資金が少ないから返済不能となり、次の住宅を買うどころではない。これがサブプライム・ローン問題だ。こうなれば、住宅投資と個人消費の双方が縮小し始めるのは当然だ。設備投資も元気を失う。
 いま米国の不況は、このような形で進行している。従って、米国の金融機関の資産の劣化は深刻であり、solvency危機は当分続くに違いない。前述のように、米国政府も、不良債権の買い上げに乗り出すことになったのは、そのためだ。

【BIS規制が今日の金融危機を生み出した一因】
 もう一つは、金融行政の失敗である。
 IT革命の進行に伴ってデリバティブス(金融派生商品)が発達し、今や銀行システムと資本市場と不動産市場は一体である。それにも拘らず、銀行システムに対してだけBISの自己資本比率規制を導入し、金融の健全性が維持出来ると考えていた。
 しかし銀行は、自己資本比率を下げないため、住宅ローンなどの貸出債権をどんどん証券化する。それを買うのは、資本市場で活躍する投資銀行、証券会社、各種のファンド、保険会社などである。購入資金は購入した証券化商品を担保にして金融、資本市場から調達する。不動産価格が上昇している間は住宅ローンは安全な資産であったが、それが逆転すれば、銀行システム、資本市場、不動産市場は相互に連鎖しながら同時に危機を深めていく。これが、米国の金融危機の本質だ。
 BISの自己資本比率は、日本でも、貸し渋り・貸しはがしを生んで不況を一層深めたが、米国でも証券化商品の値下がりが加速し、同じように危機を深めている。BIS規制はプロ・サイクリカル(景気変動増幅的)なのである。

【金融危機は住宅価格の下落が底を打つまで続くが、規制改革には着手せよ】
 現在の米国の金融危機は、住宅価格の下落と個人消費・住宅投資・設備投資の縮小という負の連鎖が止まらない限り、金融機関の保有資産の劣化が止まらないので、終わらないであろう。
 しかし、市場経済では、どこかで住宅価格の下落が底を打つ。その時、米国の景気回復が始まり、金融危機が終わるであろう。それはどんなに早くとも、来年4〜6月期であろう。
 今回の金融危機の経験を踏まえ、各国中央銀行は銀行システムだけではなく、資本市場と不動産市場も一体とした健全化ルールを決めなければならない。しかしその場合、BISの自己資本比率規制を資本市場や不動産市場のプレイヤーに迄拡大するような愚をおかしてはならない。
 BISの国際官僚が考え出し、各国の財務官僚が銀行支配の手段に使ったこの規制は、本来の目的である銀行システムの健全化を達成できず、一体化した銀行システムと資本市場と不動産市場をむしろ不健全化し、今回の金融危機を招いた。加えて景気変動を増幅し、大規模なバブルの発生とその反動不況を引き起こした。BIS規制は廃止すべきである。いい加減に定義した自己資本ではなく、銀行などの市場価値を帳簿上の資産で割った比率の方が、よっぽど適切な指標として、銀行をはじめとする金融機関の健全性を判断する参考になるであろう。