2006年3月版
民需主導の持続的成長と消費者物価の上昇を受けて量的緩和政策は解除、その先は?
【量的緩和政策を解除し、操作目標はゼロ%のコールレートに変更】
日本銀行政策委員会の政策決定会合が3月8、9の両日に開かれ、5年間続いた「量的緩和政策」の解除を多数決(7対1)で決定した。これによって、30〜35兆円の日銀預金残高は、日々の金融調整を通じ、数ヶ月かけて6兆円程度迄減らされる。
しかしコールレート(無担、翌日物)をゼロ%に保つ「ゼロ金利政策」は続くので、預金所要額の6兆円弱を割り込むことはない。割り込めばコールレートが上昇するからだ。金融政策の操作目標が日銀預金残高からコールレートに戻り、目標水準はゼロ金利に設定されたという事である。
日本銀行は、かねて@全国消費者物価(生鮮食品を除く、以下同じ)の前年比が数ヶ月間続けてゼロ%以上となり、A今後もマイナスに戻ることはないと予想された時、B諸般の金融経済情勢を勘案して、量的緩和政策を解除すると市場に約束し(時間軸の設定)、市場の誤った思惑で金利が乱高下するのを防いできた。
【中長期金利は落着いた動き、株価は大幅反発】
全国消費者物価の前年比は昨年10月から本年1月まで4ヶ月連続してゼロ%以上となり、とくに1月は+0.5%と上昇幅が拡大した。平成17年度の成長率は3%台前半になることが確実なので、(このHPの<最新コメント>“バブル崩壊後初の3%台成長は持続できるか”H18.2.21参照)、需給ギャップは改善されており、この面から前年比が再びマイナスに戻る恐れは少ない。資源エネルギー価格は国際的に高止まりしており、急落はなさそうである。4月以降電力料金の引下げなどで、上昇幅が縮むことはあっても、再びマイナスに戻ることはなさそうである。前記@〜Bの条件が全部満たされた多くの人が考えるようになったのも当然であろう。
量的緩和政策の解除とゼロ金利の継続を市場は既に織り込んでいた。市場の中長期金利はほとんど反応せず、落着いている。株価は、不透明感がなくなったことを歓迎し、大幅に反発した。株式市場ではこのところすっきりしない調整場面が続いたが、これで不安材料が無くなり、平成18年3月期の好業績を反映した素直な動きが年度末から来年度にかけて始まる可能性もある。
【米国の金利上昇が日本の持続的成長を攪乱する恐れ】
しかしもう少し長い目で本年いっぱいを展望すると、いくつかの不安材料がある。
一つは米国の金利動向である。米国のFFレート(日本のコールレートに相当する操作目標)は、グリーンスパンFRB議長の下で、1.0%から4.5%まで、0.25%刻みで14回引上げられたが、バーナンキ新議長の下では、ぼつぼつ利上げが打止めになるのではないかと見られていた。しかし、2月の非農業部門就業者(季調済)が前月比243千人増と3ヶ月振りの高い伸びを示したことからも分かるように、景気の基調が予想外に強いため、最近では少なくとも更に2回、5.0%までの引上げがあり得るとの観測が強まっている。
金利が更に上昇するという予想に変わってきたため、最近の米国の株価は弱く、ドルは強い。この傾向が強まれば、当然日本でも中長期金利のつれ高、株価のつれ安が起こり、持続的成長が脅かされるかも知れない。またドル高円安があまりに進めば、日本のゼロ金利政策をいつまでも続けてよいかという問題が起きるかも知れない。
【消費者物価安定の下で資産バブルが発生したらどうするか】
もう一つは、日本の地価動向である。今回の量的緩和解除に際し、日本銀行の政策委員の「中長期的な物価安定の理解」は、消費者物価の前年比上昇率が0〜2%の範囲内から大きく離れてはおらず、1%前後という理解が一般的だと述べている。これは「インフレ目標値」ではないが、この程度の(0〜2%の範囲内で1%から大きく離れていない)インフレ率であれば、持続的成長の基盤となる物価安定だという「理解」を示したのであり、逆に言えば、この程度のインフレ率ならば引き締め方向に政策を変えることはないというメッセージを市場に送って、中長期金利の安定を図ろうとしているのである。
具体的には現在の状況に則して言えば、消費者物価の前年比が1%前後ならゼロ金利政策を続けるし、2%に接近しない限り金利を引上げないという事であろう。
しかし、その時に地価や株価が大きく上昇し、資産バブルの気配が出たらどうするのか。前回バブル期の経験が示すように、資産バブルが消費者物価に影響する迄には、1年以上の時間がかかる。消費者物価だけを政策の基準としていると、前回同様、バブルの発生と崩壊で持続的成長が損なわれる恐れはあるのだ。
【鉱工業生産は6ヶ月連続で上昇、製造業の雇用回復も始まる】
以上の二つの懸案材料は今後の中長期的な問題であり、当面は経済成長は引続き順調である。1月の鉱工業生産は、予測指数の前月比+0.9%を下回る同+0.3%の上昇となったが、これで6ヶ月連続の増加となり、生産回復の基調が改めて確認された形である。予測指数によると、2月は同+0.5%、3月は同−0.7%となり、1〜3月の前期比は+1.7%と2四半期連続の増加となる。2、3月の実績は予測を下回るであろうが、穏やかな上昇基調には変わりがないと見られる(以上図表1参照)。
鉱工業生産の回復に伴い、製造業でも雇用が増加し始めたため、昨年9月以降、雇用全体の前年比増加幅が拡大している。1月も前年比+92万人、+1.7%の増加(前月は+56万人、+1.0%の増加)となった(図表2参照)。業種別には、引き続きサービス業の雇用増加が一番大きいが(42万人、+6.0%の増加)、製造業でも26万人、+2.5%の増加となったほか、建設業を除く全業種で雇用者が増加に転じた。
【販売統計から判断すると消費は引続き穏やかに回復】
他方、1月の賃金は前年比+0.1%増と前月(同+1.6%)より上昇幅を縮小した(図表2参照)。これは前年の冬季賞与支給が一部1月にづれ込んだのに対し、本年は企業業績の回復を反映して12月に集中したため、12月の賃金上昇率が高まり、1月のそれが反動減となったためで、賃金の上昇基調に変化はない。
雇用・賃金の回復を反映して1月の小売販売額は季調済み前月比+3.1%の増加となり、乗用車新車登録台数(図表2参照)も、昨年7〜12月の前年比マイナスから一転して、1月は前年比+0.1%、2月は同+0.7%の増加となった。
ところが、このような1月の販売統計とは裏腹に、1月の家計統計(勤労者)では、乗用車購入の落込みなどから消費水準が前年比−4.0%と落込んだ(図表2参照)。可処分所得も同−3.5%の下落である。これは調査主体の総務省自身がみとめているように、サンプル数が少ないことによる統計上の歪みであり、信憑性に乏しい。
【10〜12月期の成長率は1次速報の+5.5%から2次速報の+5.4%にやや下方修正】
需要のもう一本の柱である設備投資関連指標では、1月の一般資本財出荷が前年比−1.1%と落込んだが、これは10〜12月の大幅増加(同+5.3%)の反動であろう(図表2参照)。先行指標の機械受注(民要、除く船舶、電力)は、7〜9月に前年比+8.7%、10〜12月に同+8.1%と大幅に伸びた(図表2参照)あと、1〜3月の見通しも同+9.0%と大幅増加を続けると予測されている。1月の実績は同+9.8%と予測をやや上回る伸びとなっている(図表2参照)。
3月6日(月)に発表された10〜12月期の「法人企業統計」から判断すると、1次速報値で+5.5%の高成長となった10〜12月期実質GDP(図表3参照)は、2次速報値では設備投資が下方修正、在庫投資が上方修整となり、全体としてやや下方修正される可能性があると見られていたが、民間消費と住宅投資が上方修正されたので、+5.4%と僅かの下方修正にとどまった。
しかし、設備投資が民間消費と並んで持続的成長を支える構図(図表3参照)には、当面変化の兆しはない。