経済復興最優先の中で原発再稼働と増税時期を考えよ(H23.9.28)
―野田首相への期待
【代表選決戦投票における野田佳彦氏の政策スタンス】
野田新内閣の性格を考えるには、民主党代表選挙の決選投票における野田氏対海江田氏の対立軸が、一つの手懸りになるように思われる。
実際は双方にそれ程大きな違いはないと思うが、誤解を恐れずに大胆に割り切ると、野田氏対海江田氏の対立軸は、以下のようになろう。
【自民党内閣に似てきたと見るのは皮相的】
この対立軸における野田氏のスタンスから判断すると、野田内閣は、これ迄の鳩山・菅内閣に比べると、民主党内閣としては「保守化」し、「自民党に似てきた」ように見える。とくに、自民党内閣の経済財政諮問会議に相当する国家戦略会議に財界人の参加を増やそうとしていること、事務次官会議を復活したこと、民主党政調会長に政府案の承認権を与えたこと、などがその例だ。
しかし冷静に考えると、新しい事務次官会議は連絡会であって自民党内閣時代のように閣議提出案件の決定権を持つ訳ではないし、財界が与党政調会に陳情して政官業の癒着の中で与党案が決まり、それが政府案となる訳でもないので(陳情は幹事長に一本化)、自民党時代よりは政治主導が保たれていると言えるのではないか。
もう少し見ないと分からないが、これ迄の民主党政権の欠陥であった財界との情報断絶、官僚の使い下手が修正される程度であれば、むしろ好ましいのではないか。
【復興を最大の使命とする内閣でも民主党政治の原点=「改革」を忘れるな】
鳩山・菅内閣と比べてもう一つ違うのは、「改革」政権という言葉が消え、大震災からの「復旧・復興」、原発事故の収束、経済危機への対応を最大の使命とする「復興」政権に変わったことだろう。
これは、千年に一度の規模の「大震災」と初の「原発事故」に見舞われた日本の政権としては当然とも言えよう。単純な「復旧・復興」ではなく、防災・環境・省エネ技術を駆使した次世代型地方都市・産業構造の創造という点で、「改革」の原点を忘れないで欲しいと思う。
取り敢えず野田内閣の支持率が、各種の世論調査で60%前後となっているのは、「改革」や「政治主導」という言葉に固辞せず、日本経済の立て直しのため、党内の結束を図り、財界や官僚との距離を修正しようとする柔軟な姿勢に、国民が一定の安心感を抱いたからではないだろうか。
ただし、「改革」や「政治主導」という言葉が表面から消えても、民主党政治の根本理念、政権交代のモチーフが「国民の生活が第一」の政治実現であり、そのための「改革」や「政治主導」であることを忘れないで、経済の「復旧・復興」に取り組んで欲しい。そうでなければ、本当に自民党政権と同じになり、最終的には総選挙で国民に見放されてしまうだろう。
【硬直的な「脱原発」姿勢の修正を評価する】
マクロ経済運営の視点から見ると、野田首相の当初のスタンスには二つの心配(リスク)があった。「脱原発」と「増税」である。
野田首相が就任時に、老朽化した原発は廃止し、新しい原発は作らず、可能な限り原発への依存度を引き下げで、「脱原発」を実現すると述べた。これは、安全性の高い新しい型の原発の研究や開発もせず、世界の最高水準に並んでいる日本の原発技術を捨て去ることを意味するとも取れた。
しかし、その後米ウォール・ストリート・ジャーナル紙とのインタビュー(9月20日)や国連演説(同22日)では、「脱原発」や「原発依存度引き下げ」という言葉が消え、安全停止中の原発は今後も再稼働していくし、「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と述べた。
【安全性の高い新しい原発の研究・開発が必要な三つの理由】
これは以下の三つの点で、極めて適切な態度修正である。
第一に、新しい原発を作らないで原発依存度を下げていくと、その穴は再生可能エネルギーの開発では到底埋まらないから、火力発電を増やさざるを得ず、地球温暖化対策と矛盾することになる。
第二に、そのような状況下では長期にわたって電力不足基調が続き、夏冬の電力需要ピーク時の節電によって、内閣の最大の使命である経済の復興、発展が今夏のように妨げられる(<論文・講演>「経済人」“節電は復興の足枷”(H23.9.15日号)参照)。
第三に、安全性の高い新しい型の原発の研究と開発を放棄することによって、世界最高水準の技術に裏付けられた原発を新興国・資源国へ輸出する大きな機会が失われる。
野田首相や藤村官房長官の発言から推測すると、当面は第二と第三の点を強く意識しているように窺われる。目先は高い安全基準をクリアした停止中の原発の再稼働について、地元の了承を得ることに最大限の努力を払い、来年の冬と夏の電力需要ピーク時における電力使用制限を回避し、節電が経済の復興、発展の足枷とならないようにしなければならない。
【「財政再建」なくして「経済成長」なしは間違い】
野田首相の当初の姿勢に見られたもう一つのマクロ経済運営上のリスクは「増税」である。
野田首相は「経済成長なくして財政再建なし」「財政再建なくして経済成長なし」と述べて、直ちに財政再建のための「増税」に取り組む姿勢を見せた。
しかし、「経済成長なくして財政再建なし」は、いつの時代にも通用する真理であるが、その逆は必ずしも真理ではない。経済の復興、回復が自律的な軌道に乗らないうちに財政再建(=財政赤字減らし)のための増税をすれば、そのデフレ効果で復興、回復の芽を潰すからである。
日本が最も痛い目にあったのは、1997〜99年度だ。財政再建(=財政赤字減らし)が「焦眉の急だ」(当時の橋本首相)として、バブル崩壊後のバランス・シート調整が終わっていない日本経済に対し、増税7兆円、社会保障負担増加2兆円、公共投資削減4兆円、合計13兆円の赤字縮小予算を1997年度に執行した。その結果、97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長となり、金融危機が発生した。この時から日本経済のデフレが始まり、先進国の平均並みであった政府債務残高対GDP比率はかえって急上昇してほぼ2倍となり、先進国中の最高水準となった。
経済成長が定着していない時の財政再建(=財政赤字削減予算)は、経済成長を阻害し、財政赤字を逆に増やす。
【「財政規律」と「財政再建」は違う】
野田首相は、「経済成長なくして財政再建なし」に続いて、正しくは「財政規律なくして経済成長なし」と言うべきである。
「財政再建」と「財政規律」は違う。「財政再建」とは、経済状況にお構いなしに、財政赤字削減予算を執行することである。これはデフレ効果を持つから、自律的経済成長が定着していない時には成長率が下がり、不況になる。
これに対して「財政規律」とは、財政赤字を放置しないで中長期的に減らすという「規律(ディシィプリン)」である。
「2010年代中頃までに消費税率の5%引き上げに着手して高齢化に伴う社会保障支出の拡大に充てる」とか、「復興債は経済状況を見ながら5〜10年間の時限的増税で償還する」というのが、「財政規律」である。
野田首相は、正しくは「財政規律なくして経済成長なし」と言った方がよい。市場は、遮二無二増税して経済成長を阻害する「財政再建」よりも、経済状況を見て増税するルールを決める「財政規律」の方を好感することは、間違いない。
【増税時期の修正を評価する】
野田内閣と民主党は、その辺のことが分かっているのか、微妙に修正を始めたようにも見える。
これは菅内閣の時だが、消費税率引き上げの時期を2010年代中頃とぼかし、経済状況への配慮をみせた。
復興国債償還のための時限的増税は、現在政府税調と民主党税調で議論している最中であるが、当初は来年(12年)からという案であった所得税の定率増税を、経済復興が定着した後の13年から10年間とする方向で調整に入ったようだ。
財政再建至上主義者は、来年度からの所得税増税を主張するかも知れないが、日本経済が自律回復の軌道に乗る迄は、ルールだけ決めて様子を見るのが賢い態度である。
野田首相は、原発再稼働についても増税についても、経済の復興が最大の使命であることを忘れず、必要な時は柔軟にスタンスを修正するステイツマン・シップを発揮して欲しい。