節電は復興の足枷 (『金融財政ビジネス』2011.9.15号)


 電力不足の悪影響が、経済活動に現れてきた。
 鉱工業生産は、東日本大震災が発生した三月には前月比マイナス一五・五%と急落し、四月も同プラス一・六%増と殆んど底を這った。これは多くの工場が被災し、また全国のサプライ・チェーン(原料・部品の供給網)が寸断されたためで、やむを得ない。しかしその後、被災工場やサプライ・チェーンの復旧に伴って五月は前月比プラス六・二%、六月は同プラス三・八%と生産は急回復した。この時点の製造工業生産予測調査によると、七月は同プラス二・二%、八月は同プラス二・〇%と急上昇を続け、早くも大震災発生前の水準を回復する見込みであった。
 ところが東京電力と東北電力の管内大口需要家に対する「電力使用制限令」(前年比一五%節電)が実施された七月以降は、生産の回復は突然失速し、七月は同プラス〇・六%と予測の二・二%を大きく下回り、八月と九月の生産予測調査は同プラス二・八%および同マイナス二・四%と足踏みする。実績が予測通りになると、四月から六月の三か月にプラス一二・〇%と急回復を示した生産は、七月から九月の三か月にプラス一・〇%と頭打ちになる。
 四〜六月期の実質GDP(一次速報値)は、前期比年率マイナス一・三%の減少となったが、これは「純輸出」(輸出マイナス輸入)の寄与度がマイナス三・〇%に達したためで、国内需要の寄与度はプラス一・七%であった。四〜六月期は、生産能力の回復が国内復興需要に追い付かず、輸出向けを抑えて国内向けに振り向けた。それでも足りず、輸入も増やした。このため「純輸出」は急減したのである。
 通関ベースの貿易収支(季節調整済み)は、四月に赤字に転落し、五月の四五〇〇億円をピークに赤字は縮小し始めたものの、七月現在、まだ一三〇五億円の赤字である。「電力使用制限令」による生産能力不足を考えると、七〜九月期全体の「純輸出」の成長寄与度もマイナスかもしれない。
 日本の輸出不振については、世界経済の成長鈍化や円高の影響がしばしば指摘される。確かに海外では、〇八年のバブル崩壊後のバランスシート調整が長引いているために米欧の景気は停滞しており、バブルやインフレを抑制するための引き締めで新興国の景気は減速している。円高のテンポもやや急である。しかし、これらによる需要鈍化よりも前に、日本自身の生産能力の頭打ちで、輸出に商品が回せないのである。八月の米国の新車販売が前年比二桁の伸びとなる中で、トヨタとホンダだけが前年比二桁の落ち込みとなっていることが、それを象徴している。
 この夏に企業と家計が様々の工夫によって節電に協力し、電力不足による大規模停電の発生や「電力使用制限令」の再強化が回避されたことは良かった。しかし、節電努力の陰で、大きな経済的損失が発生したことを見逃してはならないだろう。企業の節電努力は生産能力を低下させ、家計の節電努力は消費活動を萎縮させ、復興初期の大切な時期に、日本経済の立ち直りを制約し、回復を減速させたのである。
 野田新首相は、停止中の原発はストレス・テストなど十分な検査を行って安全を確認し、地元の了解を得て再稼働するが、新規原発は作らず、老朽原発は廃止すると述べた。しかし、それでこの冬や来年の夏以降を、「電力使用制限令」なしに乗り切れるのか。もし不安があれば、企業と家計が節電努力をせずに復興活動を拡大し、経済を持続的成長経路に乗せることが出来るように、電力の供給をどうやって増やすのか、安全性の高い新型小型原発の新設を含め、真剣に研究するのが、野田新政権の使命ではないのか。