板ばさみの金融政策(H20.1.28)

【ダボス会議における米国と日欧のスレ違い】
 先進国の金融政策が、サブプライム・ローン問題に伴う金融リスク・景気後退リスクと、インフレ・リスクの間で、板ばさみになっている。
 1月27日(日)に終わった「ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)」でも、財政出動・金融緩和を訴えるストロスカーンIMF専務理事やサマーズ元米国財務長官と、物価安定こそ金融や景気の安定の基礎だとするトリシェ欧州中央銀行総裁の主張がスレ違いに終わり、先進国の金融政策が景気・金融の危機とインフレの危機の板ばさみ状態で悩んでいることを浮き彫りにした。
 日本から出席した福田総理は、日本の場合は財政出動がベストではないと述べ、どちらかと言えば欧州に近い立場をとった。しかし欧州と違うのは、物価安定が大切だからではなく、財政赤字が大き過ぎて動けないからで、口には出さなかったが、金融政策の一層の緩和に期待しているかも知れない。

【消費者物価の前年比上昇率は1%に達する可能性】
 しかし、日本ではいよいよ国内物価が上昇し始めており、金融政策はサブプライム・ローン問題の金融(株価大暴落)・景気(先行き不安)に対する悪影響を考えて利下げすべきか、インフレ・リスクに備えて利上げを急ぐべきか、深刻なジレンマに陥っている。
 日本の物価が上がり始めたことは、10月の全国消費者物価が発表された時点で、このHPの<最新コメント>「日本の物価が上がり始めた―日銀は金利水準の正常化を急げ」(H19.12.1)で指摘したが、その後2か月たって、いよいよ誰の目にもはっきりして来た。
 12月の全国消費者物価の前年比は、総合で+0.7%、除く生鮮食品で+0.8%と上昇幅は拡大しており、12月の企業物価は同+2.6%も上昇している。



【家計部門の金融資産の目減りが始まっている】
 月ごとの前月比の推移を見ると、全国消費者物価の総合と除く生鮮食品のボトムは昨年の2月であり、そこから12月までの10か月間に、それぞれ+1.4%、+1.5%の上昇である。従って、前年比の上昇率拡大は少なくとも本年2月まで続き、その上昇率は+1%台に乗って来る可能性がある。
 消費者物価が1%台、企業物価が2%台の上昇を示している時に、短期の政策誘導金利(オーバーナイトの無担コールレート)を0.5%のままに据え置いてよい筈がない。実質の短期金利はナイマスになっているからだ。
 この結果、預金残高の目減りが始まっており、賃金の上がらない家計部門の生活はますます圧迫されている。日本の家計部門は負債よりも金融資産を1137兆円(2007年3月末)余計に持っているから、1%の実質金利低下は11兆円の損失である。

【物価上昇で喜ぶのは負債の多い企業と政府】
 他方、実質金利のマイナスで得をするのは、金融資産より債務の方が多い企業と、大幅な赤字を抱える政府である。
 企業部門では、効率の悪い設備やプロジェクトへの投資が増え、商品や不動産への投機が増えて来る恐れがある。
 政府は、物価上昇で名目成長率が上がれば税収が増えるし(事実上の増税)、実質金利がマイナスなら債務の利払い負担が減る。
 このように、マイナスの実質金利は、極めて不公平な所得移転を起こし、企業と家計の格差を益々拡大するであろう。
 しかし、日本銀行は昨年8月以来、利上げの動きをピタリと止めてしまった。言うまでもなく、サブプライム・ローン問題で株価が暴落し、また景気の先行き不安が出て来たからである。参議院選挙などに遠慮せず、昨年7月にもう1回利上げをしておけば少しは違ったのにと、悔やまれる。

【実質金利の低下はインフレや資産バブルよりも円安バブルのリスクを伴う】
 経済のグローバル化に伴い、国際的に割高な日本の農産物、サービス料金、賃金、家賃・地代には内外価格差縮小の圧力が懸かっている。このため、実質金利がマイナスになっても、インフレーションや資産バブルは発生しにくい。せいぜい、諸外国並みの物価上昇率にとどまるかも知れない。
 しかし、マイナスの実質金利で調達出来る円資金は、プラスの実質金利を持つ外貨建金融資産の購入や海外の不動産、資源エネルギーの投機に使われている。これが「円キャリ取引」である。その結果、円の為替相場は長期的に見て大きく値下がりしている。
 サブプライム・ローン問題発生以来、この円安トレンドの修正が起こったが、実効ベースでせいぜい10%以内であり、2001年以来の名目実効為替レートの23%の円安、実質実効為替レートの36%の円安に比べればまだまだ小さい(下のグラフ参照)。




【「構造改革」の強調が一番の対策ではないか】
 年明け後の株価暴落を見て、財政出動か、利下げか、そのほかの手段かという質問をしばしば受ける。
 財政出動は、ダボス会議で福田総理が述べていたように、日本では難しいであろう。財政赤字の縮小という中期目標を持っている時に、一時的に財政赤字を拡大する政策をとれば、将来の赤字削減が一層難しくなるので、国民は将来の増税不安などを抱き、逆効果になる可能性さえある。諸外国も決して評価しないであろう。
 利下げは、実質金利のマイナス幅を拡大し、上に述べた諸問題を益々大きくする。
 結局、規制撤廃、行政改革などの「構造改革」を改めて強化するという決意を、対外的に発信するのが、一番効果が大きいのではないか。仮に口先だけだとしても、そういう問題意識を福田内閣が持っていることを、諸外国に伝えるだけでもよいかも知れない。海外では、福田内閣に替わってから、小泉・安倍内閣の改革姿勢が後退したと見られており、それが「日本売り」の一つの原因になっているからだ。
 しかし、本当に大切なことは、本物の「構造改革」を実行する政権を、どうやって日本に作るかだ。