低金利・円安・輸出主導型成長の限界が見えてきた07年の日本経済

―年末回顧(H19.12.26)

【4年間続いた成長トレンドに異変】
 日本経済は、年度で見れば03年度から、暦年で見れば04年から、1.5%前後の潜在成長率を上回る2%前後の成長を続け、GDPベースの需給ギャップは06暦年から需要超過に転じた(下表参照)。
 しかし、本年(07年)は、4年間続いたこのトレンドに異変が生じつつある。暦年で見ると、04年から始まったこのトレンドは、07年まで4年間続きそうであるが、年度で見ると、07年度の成長率は潜在成長率並みの1.5%前後に落ちそうだからである。
 これが4年間の回復トレンドの単なる足踏みか、あるいは下方屈折の始まりかは、現時点で得られる情報ではまだ断定出来ない。





【建築基準法改正による政策的攪乱】
 本年の異変の原因は、大きく三つに分けて考えることが出来る。
 第一は、建築基準法改正に伴って住宅投資と設備投資に発生した政策的攪乱である。耐震偽装を防ぐために厳格化された建築基準の周知徹底が遅れ、また申請を受ける側の事務の対応も不慣れであったため、本年7月以降の新設住宅着工戸数と建築物着工額(民間、非居住用)が、前年比2〜5割も落ち込んでいる。このため、本年7〜9月期は、住宅投資の落ち込みだけで、成長率が年率−1.2%も下に引っ張られている。設備投資の増勢が弱いのも、これが一因である。
 もっとも、改正された建築基準法に民間と役所が慣れて来れば、早晩回復する性格の落込みであり、雇用や資材供給部門へのマイナスの波及効果が予想外に大きくならない限り、来年には回復して来るであろう。

【サブプライム・ローン問題による攪乱】
 第二は、サブプライム・ローン焦げ付き問題に端を発する海外からの攪乱である。影響の経路は、金融面と実体面と二つある。
 金融面では、日本の金融機関の損失は限られているものの、欧米先進国の金融機関の損失は大きく、金融システムの動揺を防ぐための量的緩和政策が採られている。これに伴い、グローバルに「質への逃避(flight to quality)」が発生し、世界同時株安、円キャリ取引の逆転による急激な円高、石油を始めとする資源価格の上昇などが起こっている。
 株安は逆資産効果を通じて消費にマイナスの影響を与え、円高は輸出予約の遅れた企業の収益を圧迫し、資源価格の上昇は企業収益の圧迫と消費購買力の削減をもたらす。
 実体面では、サブプライム・ローンの焦げ付きの原因である米国の不動産価格下落が、米国の住宅投資に悪影響を与えるだけではなく、不動産価格下落の逆資産効果を通じて米国の個人消費と設備投資に影響し、本年10〜12月以降少なくとも来年中頃まで、成長率が減速すると見られる。これが今後の日本の輸出にどの程度悪影響を及ぼすかが、懸念されている。

【超低金利の持続を要請し続けた政府】
 以上の二つは、日本経済に対する外生的なショックであるが、第三の原因は、日本の経済戦略に係わる内生的な問題である。
 小泉政権の竹中大臣以来、とくに安倍政権の「上げ潮路線」では、マクロ経済が06年から需要超過に転じ(上掲の表の「需給ギャップ」参照)、企業部門の産出価格である「総需要デフレーター」も上昇している(このHPの<最新コメント>“日本の物価が上がり始めた”H19.12.1参照)にも拘らず、デフレがまだ続いているとして日本銀行に超低金利政策を続けるよう要請し続けた。
 日本銀行は、徐々に金利水準を正常するとしながらも、7月には参院選挙に配慮して利上げを実施しなかったため、8月以降のサブプライム・ローン問題の発生で利上げのタイミングが失し、今日に至っている。
 物価が上昇し始めた現在、短期金利の政策誘導目標が0.5%では、実質金利がどんどん下がり、マイナスになってしまう。

【超低金利の経済戦略の限界が見えてきた】
 この「超低金利→円安→物価上昇」という名目経済成長率の引き上げ戦略こそが、現在の格差問題を深刻にし、家計消費に力がつかず、いつまでも輸出に偏った成長を続けざるを得ない根本的な理由である。そのような経済戦略、経済成長の限界が見えてきたのが、サブプライム・ローン問題の発生による輸出不安とそれによる成長トレンドの下方屈折懸念にほかならない。







【輸出に偏った成長戦略が格差拡大の根因】
 超低金利は金融資産より負債の方が多い企業部門、政府部門、海外部門(日本との対比)にとって有利、負債より金融資産の方が多い家計部門、日本全体(海外部門との対比)にとって不利である。
 円安は輸出企業に有利、内需企業、家計、日本全体に不利である。
 物価上昇は、賃金の上昇率が物価の上昇率に追いつかない間は企業部門、政府部門に有利、家計部門に不利である。
 以上の結果、超低金利→円安→物価上昇の経済戦略は、輸出企業と政府に有利、内需企業と家計に不利となり、企業と家計、輸出企業と内需企業の格差を生み出し、それが大企業と中小企業、中央と地方の格差に投影されているのである。

【政府と日本銀行の「ダム論」は間違いだった】
 政府も日本銀行も、輸出で儲かった企業の利益が、賃上げと雇用拡大を通じて家計に均霑し、消費が拡大して内需企業も立ち直り、中小企業も地方も立ち直って来るという「ダム論」ないしは「drips drop theory」を主張していた。
 しかし、輸出に偏った成長で5年たった今年、07年になっても、ダムからは水があふれて来ないし、しずくも垂れて来ない。グローバルな市場競争の世 界は、「winners catch all model」の世界なのである。
 そうなれば、グローバル化と市場経済化は受け入れざるを得ない以上、家計、中小企業、地方に所得を再分配するセイフティ・ネットを強化する以外にない。それが格差を是正し、輸出に偏らず、内需にも主導された成長への道である。
 今年、07年の日本経済は、その事を教えて呉れた1年ではないだろうか。