第2次安倍内閣の「新経済成長戦略」持続は歴史の流れに逆行し国民生活の向上を妨げる(H19.8.27)

【小泉・安倍内閣は経済戦略上歴史的誤りを犯している】
 夏休みに斉藤誠著『成長信仰の桎梏―消費重視のマクロ経済学』を読み返し、また野口悠紀雄著『資本開国論―新たなグローバル化時代の経済戦略』を新たに読んでみた。そして改めて思うことは、「デフレ」対策を最優先とし、「低金利・円安・物価上昇」を目指した小泉・安倍政権の経済成長戦略は、歴史的とも言える大きな誤りを犯したのではないかという事である。
 私自身、この二冊の本とは関係なく、「内外価格差縮小下の金融政策―利上げで円安修正を、物価は横這いでよい」(『週刊東洋経済』2007.7.14号、このHPの<論文・講演>H19.7.14参照)を執筆したが、この2冊の著者と私の考え方は、基本的に一致している。
 ここで改めてポイントを整理してみると、以下の通りである。

【「デフレ」ではなく「価格体系の変化」が進んでいる】
 まず小泉・安倍内閣は、98年以降現在迄続いている国内物価の下落を「デフレ」と見誤った。
 「デフレ」とは、一般物価水準の持続的下落のことである。原因はマクロ経済の供給超過であり、従って企業収益は悪化し、金融緩和や利下げによる需要喚起が対策として有効だ。
 しかし今回は、98年度を底として企業の売上高経常利益率(「日銀短観」全規模全産業ベース)は一貫して回復し、04年度以降はバブル期のピーク(88年度)を上回っている。
 また国内物価のうち全国消費者物価(除生鮮食品)は今でも前年比で下落しているが、国内企業物価は03年度を底に今日迄4年間上昇を続けている。
 これは、鉄鋼、非鉄、石油などの素材価格が上昇し、エレクトロニックス関連機器とサービスの価格が下落するという価格体系の変化を反映したものである。つまり一般物価水準の持続的下落が起っているのではなく、価格体系の変化が起っているのだ。
 従って、量的緩和政策もゼロ金利政策も、消費者物価の下落を阻止する手段として、さっぱり効かなかった。

【原因は「グローバル化」と「IT革命」に伴う賃金、価格の国際的平準化】
 日本国内でこのような価格体系の変化が起っているのは、日本経済のグローバル化が進み、また世界的にIT革命が浸透しているからである。
 素材価格の上昇は、グローバルに一体化した世界の市場経済の中で、中国など新興国の素材需要が飛躍的に増加し、世界的に供給不足となって値上がりしているためである。グローバル化した日本経済の国内価格にも、その素材価格上昇が直ちに反映されているのである。
 他方、デジタル関連機器の値下がりは、エレクトロニックス技術がグローバル化に伴う直接投資の盛行と共に世界的に普及し、激しいデジタル関連機器の価格競争がグローバルに展開されているためである。日本企業はその先頭に立って品質改善、価格引下げ競争を行っている。それが国内のデジタル機器の値下がりに反映されている。

【直接投資の活発化とIT革命が内外価格差を解消させる】
 直接投資の活発化に伴い、各国企業がグローバルに立地を検討する際には、賃金、対企業サービス料金、家賃・地代などが国際的に比較の対象となる。それが、賃金やサービス料金の国際的平準化の圧力となって働く。その結果、これまで割高であった日本の賃金、サービス料金、家賃・地代に下落圧力が加わり、内外価格差の縮小が進んでいる。
 またIT革命で情報通信コストが小さくなったため、外国に対するビジネスのアウトソーシング(オフショアリング)が可能となり、ここでも賃金の国際的平準化の圧力が働いている。
 日本の国内物価の下落は、このような賃金、価格の内外価格差の縮小と、前述したデジタル機器の値下がりという「価格体系の変化」によるものであり、一般物価水準の持続的下落である「デフレ」とは異質の現象である。

【「デフレ」誤認の超金融緩和が円安行き過ぎと格差拡大をもたらした】
 それにも拘らず、小泉・安倍内閣は国内物価の下落を「デフレ」と誤認し、量的緩和やゼロ金利という超金融緩和の持続を日本銀行に求めた。今でも金利水準の段階的正常化を少しでも遅らせようとしている。この方針は第2次安倍内閣にも受け継がれる。
 その結果、何が起っているのか。
 国内物価は一向に上昇しない反面、超金融緩和が円キャリ取引を通じて世界中に過剰流動性をバラ撒き、行き過ぎた円安を招くことになった。この円安に伴う輸出増加が唯一の景気回復の原動力であり、賃金の抑制圧力と低金利に伴う家計の債権者損失(家計は貯蓄超過)で国内の家計消費は立ち直らない。企業と家計、輸出関連企業と内需関連企業、中央と地方の格差もここから生まれている。

【製品を安く売り購入資金を低利で貸す「滑稽」な日本、その「罪作り」が円安バブル崩壊による混乱】
 この日本経済の姿をグローバル経済の中でスケッチすると次のようになる。
 日本は工業製品を円安で安く世界に提供し、それで儲けた貿易収支の黒字を、安い日本の工業製品を買い過ぎて赤字になった国に低金利で融資している。これは「お人好し」を通り過ぎて「滑稽」である。国内では、賃金抑制と債権者損失で国民が泣いているからだ。
 しかし、このような日本を笑ってばかりいられないことが起きた。米国のサブプライムローンの焦げ付き問題を切っ掛けに、リスクに敏感となった内外の投資家が、円キャリ取引の手仕舞いを行ったからである。これにより、円相場は米ドル、ユーロ、アジア各国通貨に対して突如円高となった。対米ドルでは、1週間程の間に、124円台から111円台へ、10%以上の円高だ。この「円安バブルの崩壊」で、内外の多くの投資家と貿易関係者が損失を蒙ったことであろう。「罪作り」な日本である。

【IT関連第三次産業の比重が上がっている国の一人当たりGDPが急増】
 この「滑稽」で「罪作り」な日本は、短期的に問題を引き起こしているだけではない。長期的な日本の国家戦略から見て、重大な誤りを冒しているのである。
 21世紀は、「脱産業化(Post Industrialization)」の時代である。18世紀後半から20世紀まで続いた製造業(第2次産業)中心の経済発展(産業化)が終わり、IT革命をフルに活かした新しい第三次産業中心の発展(脱産業化)が始っている。
 その証として、最近の先進国の一人当たり名目GDPと産業全体に占める製造業の比率の相関関係を見ると、製造業の比率が低いアメリカ、イギリス、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、アイルランドなどが、比率の高い日本、ドイツ、イタリアなどよりも高くなっている。時系列を見ても、この10年間に、日本、ドイツ、イタリアなど製造業に固執している国の一人当たり名目GDPの順位がどんどん下がり、かつて下に居たアメリカ、イギリス、アイスランド、アイルランドなどの順位が日本、ドイツ、イタリアを抜いて上位に上がってきている。

【「脱産業化」を発展させる先進国相互の直接投資】
 このようなIT関連第三次産業(ITソフトの開発業、それらを活用した情報通信業、金融業など)を発展させている国に共通する一つの特色は、他の先進国からの直接投資の受入額(フロー)とその累積(ストック)が、極めて多い事である。例えば、他国に対して盛んに直接投資を行っているアメリカやイギリスでさえも、逆に他国からの直接投資を大量に受け入れている。05年現在、直接投資受入残高の対GDP比率は、アメリカ13.5%、イギリス36.6%である。これに対して日本は、2.2%に過ぎない。
 つまり、「脱産業化」が進んでいる国々は、先進国相互間での活発な直接投資を行い、新しい第三次産業のビジネスを発展させているのである。このように自国内での他国企業の活発な活動を奨励する所謂「ウィンブルドン現象」こそが、グローバル化時代の「脱産業化」の推進力なのである。

【超金融緩和が輸出中心の古い産業構造を温存】
 日本では、海外からの直接投資による日本企業の買収を、国難のように恐れている。そして低金利や検討中の法人税引下げで輸出産業中心の古い産業構造を温存し、円安で輸出を伸ばすことが唯一の発展の道だと考えている。第2次安倍内閣が引続き実行しようとしている「新経済成長戦略」もその例外ではない。そして「滑稽」で「罪作り」な姿をグローバル経済の中でさらし、「脱産業化」に決定的な遅れをとり、国民生活の向上は停滞している。
 日本の行くべき道は、このような小泉・安倍内閣の経済戦略と決別し、脱産業化時代の21世紀にふさわしい国家戦略を採用することだ。
 製造業中心の発展に固執すれば、世界の中の一人当たりGDPの順位はどんどん下がるだろう。製造業の技術導入で発展するBRICsとの価格競争で賃金平準化の力が働き、日本の雇用者所得が上がらず、企業と家計の格差は開く一方で、国民生活は向上しないからだ。エレクトロニックスの技術革新による新しい第3次産業の発展(脱産業化)こそが、先進国の日本に出来て新興国に出来ない経済発展の道であり、企業利益だけではなく、賃金と生活も向上する道である。

【金利の正常化と円相場の安定の下で双方向の資本移動を促せ】
 新しい国家戦略は、次のようにするべきであろう。
 まず、今の消費者物価の下落が「デフレ」であるという認識を改め、超金融緩和・超低金利を2%超の持続的成長に見合った正常な金利水準に改めることだ。恐らく正常な金利水準は、物価を横這いと見て、短期1%台、長期2%台ではないか。
 そうすれば、円キャリ取引の行き過ぎによる「円安バブル」が発生したり、潰れたりする波乱もなくなり、円相場はファンダメンタルズ(大幅な経常収支黒字)を反映して、緩やかな円高傾向を辿るであろう。それが輸出産業への偏りを正し、国民の実質所得を上昇させて生活向上に資するであろう。
 金利の正常化と円相場の安定の下で、双方向の資本移動が増えてくるが、それを促進する政策姿勢が必要である。その事によって、日本にとって二つの利益が生まれる。

【直接投資の受入促進と円建国際金融市場の育成】
 第一は、日本の海外に対する直接投資ばかりではなく、海外から日本への直接投資を増やし、「脱産業化」時代の新しい経営と産業を日本に導入し、競争を通じて発展を促すことである。日本企業の買収によって生まれる「ウィンブルドン現象」を恐れてはならない。それに伴う新しい経営競争を、発展の刺激として喜ぶべきである。日本には競争に負けない技術力がある。
 第二は、外国人が円を保有する際の金利リスクと為替リスクをヘッジすることの出来る円建デリバティブ市場を発達させ、円を米ドルやユーロと同じように、国際的に使い勝手のよい通貨に育てることである。
 超金融緩和、ゼロ金利で壊滅してしまった円建国際金融市場が再び発達し、円が使い勝手のよい通貨になれば、日本は世界最大の対外資産超過残高を、現在のように為替リスクにさらされた外貨建債権(主に米国のドル建国債)ではなく、円建債権で持てるようになる。海外の円建起債が増えるからである。
 それによって、日本国民の大切な財産である対外資産超過を、もっと効率的に運用する道が開けてくるであろう。日本の対外資産総額506兆円は、GDPとほぼ同額であるから、その運用利回りを1%引上げれば、毎年の成長率を1%引上げるのと同じ利益を日本国民にもたらす。

【民主党は「脱産業化」時代の経済戦略を打ち出せ】
 民主党は、小泉・安倍政権が追求して来た「低金利・円安・物価上昇志向」の経済戦略が、輸出中心の古い産業構造を温存し、企業と家計の格差を固定し、「脱産業化」時代の日本の発展を決定的に遅れせていることを明確に指摘すべきであろう。
 そして、「正常金利・円安修正・物価安定」の下で、双方向の直接投資を活発化させ、円を国際的に使い勝手のよい通貨に育て、21世紀型の「脱産業化」を進めることが、日本国民の利益、生活の向上につながることを、はっきりと主張すべきではないか。
 この戦略こそが、格差の解消と国民生活重視の経済発展を可能にする。