物価下落と円安の併存はグローバル化に伴う内外価格差縮小の反映―消費者物価は当分上昇しないのが正常な姿(H19.6.19)
消費者物価が上昇しないからと言って、まだデフレが続いているとか、利上げをすべきではないと言うのは、間違っている。 いまの日本は、国内物価の国際的割高が、世界経済のグローバル化の浸透によって、少しずつ崩れている過程である。国際的な賃金・物価・資産価格の平準化の圧力の下で、サービス料金を含む国内物価の内外価格差が縮小している。それがこの10年間の消費者物価下落と円安の同時進行を招いている。 消費者物価は内外価格差の解消が終わる迄上がらないのが健全であり、1〜2%の上昇を目指す現在の政策姿勢は間違っている。無理に上げようとすれば、国内需給の逼迫や一層の円安によって、持続的成長の路線が崩れるであろう。 |
【最近10年間の物価下落と円安によってプラザ合意の円切り上げは実質実効レート・ベースで元に戻ってしまった】
最近10年間ほどの日本経済で、大変珍しい現象が起っている。それは、国内物価が下落傾向を辿っているにも拘らず、為替市場では円安傾向が続いていることである。
普通、国内物価が下落傾向を辿れば、実質為替レートに変化がない場合、市場で観測される名目の為替レートは円高になる筈である。これが逆に円安傾向を辿っているということは、実質為替レートが急激な下落傾向を辿っていることを示している。
事実、日本銀行が推計している円の実質実効為替レートは、下図に見られるように、95年頃をピークに最近まで急激な円安傾向を示している。最近の水準は、85年のプラザ合意直前の円安水準である。つまりプラザ合意後の円高は、実質実効ベースで見ると、最近10年間ほどの間に元に戻ってしまったのである。
【実質実効レートの下落=交易条件の悪化は日本経済の発展にとって不利な条件】
この実質実効レートの急激な下落で、日本の輸出は世界から非難される程伸びたのか?日本経済は輸出ブームで急成長したのか?と言えば、そうでもない。最近10年間のうちの前半は、「失われた10年間」で経済は停滞し、後半に入ってようやく輸出主導の緩やかな成長が始った程度の話だ。
そもそも日本の代表的輸出企業は、生産・販売拠点をグローバルに展開し、連結ベースで輸出と輸入をうまくバランスされているので、円相場の変動で大きな影響は受けない。
それよりも、10年間という長い目で見れば、この実質実効レートの大幅な下落は、日本の交易条件の悪化にほかならず(安く売り、高く買う)、日本の経済成長のブレーキとなっている。分り易い例を挙げれば、ただでさえ弱い日本の消費購買力は、輸入品の値上がりと海外旅行コストの上昇で奪われている。また日本企業の市場価値は下落し、国際的に買収され易く(海外企業を買収し難く)なっている。
【名目GDPの停滞と円安で日本人の1人当たりGDPは国際比較で低下した】
では、何故このような実質実効レートの下落=交易条件の悪化が起っているのであろうか。
その根本的な原因は、経済のグローバル化に伴って、日本と海外の内外価格差が着実に縮小しているからである。
10年程前までは、市場で成立している名目為替レートで換算すると、日本の1人当たりGDPは大きく、国際的に金持ちの国民であった。これは海外を旅行すると実感できた。海外の物価は安く感じられたからである。その代わり国内に居ると、海外に比べて物価が高く、あまり金持ちの実感は湧かなかった。
10年後の現在はどうか。10年の間に、名目GDPは国内物価の下落でほとんど増えていない上、円安傾向の為替相場で換算すると、1人当たりGDPは小さくなった。その間に海外の名目GDPは成長し、1人当たりGDPは上昇しているので、国際比較上、日本の1人当たりGDPの順位は大きく下がった。
このため、最近海外旅行をしてみると、海外の物価が10年前よりも高く感じられ、それだけ我々の所得水準が国際比較で下がったことを思い知らされる。
【国内物価の下落はグローバル化に伴う内外価格平準化が一因】
つまり10年前の日本人は、国際的に隔離した国内の高物価(主に非貿易財、とくにサービスの価格の割高)を前提として成立していた高所得の上にあぐらをかいて居た訳だ。それが、日本を含む世界経済のグローバル化の中で、貿易財のみならず、賃金、サービスの料金、地価までも、直接・間接に平準化の圧力が加わってきた。このため、消費者物価やGDPデフレーターによって示される国内物価が上昇できなくなったのである。
これをデフレ、デフレと騒いできたが、国内物価に対する下落圧力は、国内の需給緩和から来ただけではなく、グローバル化に伴う内外価格平準化の動きからも加わっているのである。
【11年間に86%高から7%高に縮小した内外価格差】
下のグラフに示したように、OECDが試算した購買力平価(対米ドル)は、この10年間一貫して低下している。実は、この下落傾向はOECDが試算を始めた1980年から続いており、81〜06年の26年間に対米ドルで229円から124円へ、84.7%も円高になっている。最近10年間だけでも、170円から124円へ、37.1%も円高になっている。
日本の国内物価は安定し、この10年間は下落さえしているのに対し、米国では一貫して1〜4%のインフレが続いているのであるから、日本の購買力平価が切り上げって行くのは当然である。
ところが、下のグラフに重ねて描いた市場での円対米ドル相場(IMF調べ)は、変動を繰り返しながら円高ではなく、円安傾向を辿っている。従って、日本の国内物価を為替レートで換算すると、購買力平価以上に大きく下落している。それが下のグラフの「対米国内外価格差」である。95〜06年の11年間に、日本の国内物価の米国の国内物価に対する割高は86%から7%まで縮小した。
【内外価格差のない企業物価は上昇、消費者物価は下落】
このように見てくると、日本の国内物価の下落と円安の併存というこの10年間の珍しい現象は、内外価格差縮小の反映であることがよく分かる。
内外価格差縮小に伴う国内物価の下落は、消費者物価と企業物価の比較にも反映されている。
下のグラフに示したように、88〜97年の10年間は、消費者物価が上昇し、企業物価が下落していた。サービス業と製造業の生産性上昇率格差を反映して、通常の価格体系では、消費者物価が企業物価に対して相対的に割高になって行く(高度成長期はその典型)。
98〜03年は、二つの物価が下落しているが、企業物価の方が消費者物価よりも大きく下落しているので、消費者物価が割高化する価格体系の変化が続いている。
ところが、04年以降は企業物価が上昇に転じたにも拘らず、消費者物価は下落を続けている。貿易財を中心とする企業物価には、もともと内外価格差は存在しないので、世界的に物価が上昇すれば上昇する。しかし、消費者物価には依然として内外価格差縮小の圧力が懸かり続けて下落しているのである。
【政策的含意―消費者物価は横這い圏内が正常】
消費者物価の下落はデフレ・ギャップの反映だけではなく、内外価格差縮小の反映でもあるとすれば、消費者物価やGDPデフレーターの1〜2%の上昇が正常な姿であるとして、それを目指す政策(極端な場合はインフレ・ターゲティング)はクローズド・エコノミーの経済学的思考によるもので、現代の日本には当てはまらない。消費者物価は、内外価格差が解消する迄、横這い圏内の動きが正常であると考えるべきではないか。
無理に消費者物価を上げるような需給環境を作り出すと、国内経済が過熱し(ボトルネック・インフレや資産バブルの発生)、また内外価格差平準化の圧力は、一層の円安となって現われるかも知れない。行き過ぎた円安は、日本経済にとって好ましくないことは、このHPの<講演・論文>「BANCO」“円安は日本経済に不利”(H19.5.17)において詳しく述べた通りである。