来年の日本経済はグロース・リセッションの可能性(H16.12.16)

─ 改訂GDPと12月短観が語るもの ─


【経済失速の指標が出揃った今年の年末】
   今年の日本経済は、年初、「日本経済復活への序曲」「失われた10年からの脱却」などと一部のエコノミストやマスコミにはやされてスタートしたが、年の瀬を控え、経済失速の指標が出揃った形だ。
   鉱工業生産と出荷は、今年の7〜9月期に前期比マイナスに転じたあと、10〜12月期も低下しそうである(このHPの〈月例景気見通し〉2004年12月版参照)。在庫率が上昇傾向にあり、生産調整の圧力がかかっているからだ。とくにIT部品・デバイスの在庫調整は、少なくとも来春まで続きそうである。
   景気動向指数の一致系列は、8、9、10と3ヶ月連続して50%を割り、景気後退入りの可能性を示している。
   12月調査の「日銀短観」では、02年6月調査以来好転傾向を続けていた全規模製造業の「業況判断」DIが、現状と先行きの両方で悪化傾向に転じた。

【今回回復期は3回のマイナス成長を含む年率平均2.1%成長】
   12月8日に発表された改訂実質GDPによると(以下グラフ参照)、今年は4〜6月期に前期比年率−0.6%の低下、7〜9月期に同+0.2%の微増となり、2四半期続けて成長は失速状態にある。
   今年だけではない。02/Uから04/Vまでの今回回復そのものが、平均すると年率僅かに2.1%の成長と弱々しい。前々回(95/T〜97/T)の3.3%成長を大きく下回り、前回(99/W〜01/T)の2.6%成長にも及ばない。
   それもその筈で、前々回(9四半期)も前回(6四半期)も、毎四半期連続してプラス成長をしているが、今回(10四半期)は02/W、03/T、04/Uの3四半期はマイナス成長を記録しているからだ。
   前々回や前回と同じように、厳密に連続プラス成長の期間を好況と定義すれば、今回は03/U〜04/Tの4四半期間にすぎないのである。「日本経済復活への序曲」「失われた10年からの脱却」などとはやしたてた人々は、この4四半期の年率平均4.0%成長に目を奪われ、その前後を含む今回回復の定性的分析を怠ったのではないか。



【今回回復の特色の中に日本経済失速の原因がある】
   このHPで本年中にしばしば指摘したように、今回の回復は次の五つの特色を持っている。
   @極端な「純輸出」リード型である。
   A設備投資は輸出関連に偏り、前2回より年率の伸び率が低い。
   B個人消費は貯蓄率の低下によって支えられている。
   C財政支出は減っているが、歳入不足を補う国債発行の増加が8兆円に達し、ビルトイン・スタビライザー効果が大きい。
   D前代未聞の量的緩和政策は効かず、銀行貸出は減り続けている。
   以上の五つの特色を持つ回復は持続性を欠き、自律的成長軌道に乗ることなく失速する。その事を体系的に述べた私の著書が、『日本経済 持続的成長の条件』(本年6月、東洋経済新報社刊)であるが、それ以外にこのHPを含め、機会ある度に説明してきた。
   不幸にして日本経済は、私の予測した通りの論理で、私の予測よりも早く失速した。

【回復を引張って来た「純輸出」が7〜9月期にマイナスに転じた】
   この成長失速は、ミニIT不況に伴なう在庫調整、原油価格高騰に伴なう海外の成長鈍化など、年初にあまり注意を払われなかった特定部門の動きや、外生的な衝撃を主因として起こったのではない。年初から十分に予測できた内外経済の動きによって、起こるべくして起こったのである。
   第1に、米国や中国の極端な高成長が巡航速度に向って調整されているため、日本の輸出の伸びが落ちて来た。反面、日本の輸入は極端に落込んでいた素原材料の伸びが正常水準に高まって来た。その結果、成長を引張ってきた「純輸出」が本年7〜9月期には前期比マイナスに転じた(グラフ参照)。今回回復の主力エンジンが止まってきたのである。

【企業の人件費抑制が景気好循環の鎖を切っている】
   輸出が大きく伸びている間に、輸出関連企業が賃金・雇用を引上げ、勤労者所得が回復すれば、個人消費や住宅投資などの内需が回復する。そうなれば内需関連企業も賃金・雇用を引上げ、投資を回復させる。それがまた内需増加を呼ぶ。こうして輸出に点火された内需主導型景気の自律的好循環が始まる。そうなれば、輸出が鈍化しても回復は続く。
   しかし、今回回復期には、この景気好循環の因果の鎖が切れている。これが第2の失速の原因である。
   企業は生産回復の過程で、40代50代の男子正規雇用を優先的にリストラし、残った正規社員の時間外労働と非正規雇用(パート、派遣社員、契約社員など)の増加で生産増加を賄っている。このため、賃金単価と企業の社会保険料負担は低下し、大幅な増益を実現した。

【勤労者所得減少の下、高齢者の蓄積食潰しによって消費は力なく増加】
   しかし家計は、賃金単価が下っているため、本年中頃には雇用が下げ止まったにも拘らず、全体としての勤労者所得(雇用者報酬)は一向に回復しない。
   それでも何とか個人消費が増えているのは、家計の貯蓄率が下っているためだ。
   この貯蓄率低下は、主として60歳以上の階層で起こっており(98年22.5%→04年10.2%)、30〜49歳の階層は将来不安に備えて懸命に高い貯蓄率を維持している(98年30.4%→04年29.9%)。60歳以上の人々は、核家族化の下、残る人生を自力で生きるために、蓄積を食い潰しているのだ。
   このような貯蓄率の低下は、消費意欲の高まりなどと前向きに評価できる動きではない。消費は増えていても、力強さを欠いているのは当然だ。
   このため、内需関連企業に設備投資意欲は乏しく、輸出関連企業の設備投資が本年度で峠を越えれば、来年度の設備投資の伸びは大きく鈍化するであろう。

【来年の日本経済は外需頼みの弱々しい成長】
   今回回復の五つの特色に則して来年の経済を展望すると、まず@「純輸出」の牽引力は弱まったまま推移するであろう。A設備投資は輸出関連が峠を越え、内需関連は勢いを欠いたままであろう。Bそれに代る個人消費の立直りは、雇用者報酬の低迷から見て期待できない。
   C財政のビルトイン・スタビライザー効果は、企業収益の増加を反映した法人税の伸びにより、03年度と04年度に自然増収が各2兆円程度出るので、消えてしまう。D経済失速に伴なってデフレは続くので、量的緩和政策も継続されるが、それによって銀行の態度に変化はなく、貸出は減り続ける。
   結局日本経済は、米国、中国を中心とする世界経済に大きく依存したまま、力を欠いた「純輸出」に下支えられ、平均年率1%台の低成長を続けるのではないか。もっと弱くなるリスクは、現在の成長失速によって雇用が再び悪化し始め、賃金単価の低下と並んで、雇用者報酬が一段と押し下げられるケースである。この場合は、かろうじて増えている個人消費が頭を打ち、平均成長率が1%以下に下がるかも知れない。

【企業収益が悪化するグロース・リセッションの可能性も】
   平均年率1%台にせよ、1%以下にせよ、四半期によってはマイナス成長の出る姿である。そうなると企業収益の増益も止まり、成長しながらの景気後退(グロース・リセッション)になるであろう。
   12月調査の日銀短観には来年度の売上・収益計画や設備投資計画はまだ入っていないが、04年度下期の姿から05年度の姿がある程度読める。例えば、全規模全産業の経常利益は、04年度上期の前年比+32.2%増から、下期には同+2.8%へ急低下する。しかもこの下期見通しは、3ヶ月前の9月調査に比べて、5.7%ポイント下方修正された結果である。
   今後3ヶ月間に同じような下方修正が起きれば、04年度下期の経常利益は前年比マイナスに落込む。仮にそうならなくても、05年度の減益の可能性はかなり高いのではないか。経済失速で売上高の伸びが期待出来ない反面、12月短観の「仕入価格判断」DIの大幅な「上昇」超が語るように、エネルギー・素原材料の国際市況が高騰しているからだ。