日本の物価上昇と金融政策の対応(2022.6.5)
―『世界日報』2022年6月5日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【物価目標2%を超えた消費者物価上昇率】
4月の消費者物価(生鮮食品を除く、以下同じ)が前年比プラス2・1%と、日銀の物価目標の2%を超えた。諸価格の動向からみて、しばらくはこの状態がつづきそうである。日銀は2%の物価目標実現が「安定的に持続するために必要な時点まで長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続する」としているので、逆に言えば2%超えが安定的に続けば、いよいよ13年1月から続いた異次元金融緩和の「出口政策」に入るかもしれない。
【当初想定と異なる物価上昇率2%超えの形】
2%の物価目標を定めた時の政府・日銀の「共同声明」を読み返すと、日銀の異次元金融緩和と並んで、政府は「革新的研究開発への集中投資、イノベーション基盤の強化、大胆な規制・制度改革、税制の活用など思い切った政策を総動員し、経済構造の改革を図るなど、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進する」とある。
つまり日銀の異次元金融緩和と政府の競争力・成長力強化政策によって、日本経済が構造を変えながら著しく発展し、その摩擦熱のような物価上昇率2%を許容するという考え方に見える(高度成長期も後半には消費者物価が6~7%上昇した)。
【改革進まず競争力と成長力は低下】
しかし、2013年からコロナ禍までの7年間の日本経済の姿は、これとは似ても似つかぬ姿である。全要素生産性(TFP)の上昇率は低下の一途を辿《たど》り、生産年齢人口の減少と労働時間短縮で労働投入量も減少したため、1%を超えていた潜在成長率は0・1%まで低下した(日銀推計)。この間、実質成長率は平均1%程度であったため、需給ギャップは改善し、企業収益率は上昇、完全失業率は低下したが、改革が進んでいないので経済に勢いがない。17年をピークに経済収支の黒字は減少傾向を辿り、物価上昇率が国際的にみて低いにも拘《かかわ》らず、円安傾向が止まらない。
【リフレ派の誤った理論に乗ったアベノミクスは競争力と成長力を低下させた】
政府・日銀の「共同声明」が出された頃に打ち出されたアベノミクスは、3本の矢から成っていた。①大胆な金融緩和②機動的な財政政策③(規制緩和等によって)民間投資を喚起する成長戦略、である。しかし、17年の間に実施されたのは①大胆な金融緩和だけで、②機動的な財政出動どころか、14年と19年の消費税率引き上げでマイナス成長を招き、③実効ある成長戦略は実施されず、日本経済の競争力と成長力はむしろ低下した。
この裏には、①大胆な金融緩和さえ行えば日本経済は甦《よみがえ》る、と主張する「リフレ派」の学者たちを信頼し、内閣官房参与や日銀役員に任命した安倍首相の責任がある。13年4月、日銀は2年間でマネタリーベース残高を2倍にし、消費者物価の前年比を2%にするという「2並びの異次元金融緩和」を打ち出したが、消費者物価の上昇率(消費税引き上げの影響を除く)は引き続き0%台に低迷したままであった。日銀は16年にマイナス短期金利とゼロ長期金利を導入し、マネタリーベースの「量」から、長短の「金利」操作に重点を置く政策に転換したが、消費者物価の前年比は0%台にとどまったままであった。
【日本のインフレを一時的と見る政策委員会の多数意見】
それが本年4月に至り、遂《つい》に2%を超えたのである。エネルギー、金属、穀物などを中心とする世界インフレがウクライナ軍事侵攻も加わって高進し、資源小国日本の4月の輸入物価(円ベース)は円安も重なって前年比プラス10・8%も上昇した。これは輸入コストプッシュインフレである。本年4月の日銀金融政策決定会合における「主な意見」を見ると、消費者物価上昇は輸入価格上昇に伴う一時的なもので、需給ギャップが緩み、予想インフレ率の低い現状では長続きしないとする意見が多数である。
【米国インフレの持続と石油危機時の国産インフレ発生を他山の石に】
しかし、一時的と見られていた米国のインフレが価格改定や賃上げを誘発して持続的に変わったこと、石油危機の時に輸入インフレが予想インフレ率の上昇や賃上げを誘発して国産インフレに転化したこと、を他山の石とし、日銀は油断なく国内の価格改定行動を注視し、2%超のインフレ持続の危険を感じた時は、遅滞なく「出口政策」に移るべきだ。