ウクライナ危機と輸入インフレ(2022.3.17)
―『世界日報』2022年3月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【ロシアに対する経済制裁の効果は大きい】
 ロシア軍のウクライナ侵攻がいつまで続き、どこまで広がるかは分からないが、世界と日本の経済、特にインフレに対するウクライナ危機の影響と政策的合意を考えてみよう。
 ロシアの国内総生産(GDP)は、2021年時点で1兆3700億㌦ほどで、韓国に次ぐ世界第11位、世界第3位の日本(5兆3700億㌦)の32%ほどである。この程度の国に対して、米欧日などの経済大国が結束してロシア中央銀行の外貨準備凍結、ロシア大手銀行の国際決済網(SWIFT)からの締め出しなどの経済制裁を加えているのであるから、その効果は大きく、時間の経過とともに拡大していくことは間違いない。

【トリプル安に直面しているロシア】
 早くも金融市場では、「ロシアのトリプル安」(為替相場下落、債券相場下落=金利上昇、株価暴落)が起こっている。1987年10月に米国のニューヨーク市場でトリプル安が発生した時、日本を含む先進国の中央銀行が自国の市場で一斉にドルを買い支え、その進行を防いだが、今回は日米欧の主要国の中央銀行がルーブルを買い支えないばかりか、ロシア中央銀行から預かっている外貨準備を凍結し、ルーブルの買い支えを阻止しているのだ。

【ロシアのGNPは下落中】
 ロシア中央銀行は政策金利をそれまでの9・5%から20%に引き上げてルーブル建て金融資産を防衛しているが、ロシアの金融機関は保有株式と債券の暴落で損失を被り、保有国債の債務不履行リスクに脅え、企業は金利負担の増加に苦しみ、また両者共国際決済から締め出されて貿易・資本取引もままならない。他方国内では、日米欧企業のロシア現地工場・販売店の操業停止が相次いでいる。ロシアのGDPは、今大幅なマイナス成長に陥っているに違いない。

【世界のエネルギー価格は一段と上昇
 しかし、日本を含む国際経済は、このロシア経済の困窮からいわば“返り血を浴びる”ことになる。第一にロシアの液化天然ガス(LNG)と原油の産出量は、米国に次ぎ世界第2位である。特に西欧諸国は、パイプラインを通じるロシアからのLNG供給に大きく依存している。日本も、2021年のロシアからの輸入の24%はLNG、19%は原油である。従って日本や西欧が経済制裁でロシアからのLNGや原油の輸入を抑え、米国や中東など他地域からの調達を増やすことを見越して、世界のLNGや原油の先物相場は急騰している。これが、既に始まっている世界のエネルギー価格上昇を拍車し、世界のインフレを一層進めることになる。

【世界の稀少金属の価格は上昇】
 第二にロシアは、電気自動車(EV)のバッテリー原料となるニッケル生産で世界第4位、アルミ地金や半導体生産に欠かせないパラジウムや白金でも世界の主要産出国である。日本の21年中のロシアから輸入に占める非鉄金属の割合が19%と高いのは、これらを輸入しているためだ。

【穀物と飼料の価格も上昇】
 第三に、19年の世界の小麦生産量の第3位がロシア、第7位がウクライナである。飼料作物のトウモロコシの輸出では、ウクライナが第4位で13%を占める。これらの輸出が滞って世界の小麦粉相場が上昇し、パンや麺類など広範な食品の値上がりを招き、飼料の値上がりは肉類の価格に響く恐れがある。

【資源小国日本のコストプッシュ型輸入インフレは進む】
 以上のように、現在既に進行している世界のインフレは、ウクライナ危機によって増幅され、長期化しよう。資源小国の日本は、エネルギー、希少金属、穀類などの輸入価格高騰でコストプッシュ型輸入インフレが強まっている。全国消費者物価(除、生鮮食品)の前年比は、昨年の携帯電話料金引き上げの影響が剥落する本年4月以降は1%台に乗るとみられているが、輸入インフレが強まれば、やがて2%台に乗るのではないかと思われる。日銀は2%を物価目標とし、前年比がこれを上回ってしばらく続くまで、13年以来の超金融緩和を続ける方針を変えていない。

【日銀は長短金利操作付量的・質的金融緩和を修正せよ】
 これは危険である。たとえ起点が輸入価格の上昇であっても、ひとたびインフレが高進すれば、予想物価上昇率が高まって価格投機が広がり、ホームメイドインフレとなることは、石油ショックの時に経験済みだ。マイナス短期金利・ゼロ長期金利の廃止と明示的な量的緩和の縮小に着手すべき時であろう。