本年の景気回復とリスク(2022.1.20)
―『世界日報』2022年1月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【第一のリスクはオミクロン株の今後】
今年の経済は、過去2年間のコロナ禍の下で控えられ、蓄えられてきたいわゆる「ペントアップ需要」が、消費や設備投資などで表面化し、コロナ禍以前の水準を回復する年になると思われる。しかしそこには、多くのリスク要因があることも忘れてはならない。
早い話、コロナ感染症の蔓延《まんえん》はまだ続いており、オミクロン株の脅威にさらされて米国、欧州、新興国・途上国など世界中で経済活動が制約されている。その終了時期と経済的ダメージ、その先の新型コロナ再発生の可能性などは、すべて未知のリスクである。ワクチンの普及や新薬の登場で次第に抑えられていくとしても、それを正確には予見できない。
【早くも世界的にインフレの予兆】
経済面では、1年前に予想していなかったことが起こっている。コロナ禍で経済が停滞気味であるにも拘《かか》わらず、早くもインフレの予兆が世界中に出てきた。米国の消費者物価前年比は、昨年春頃から8カ月連続で5%を超え、12月には7・0%と約39年ぶりに7%台に達した。欧州連合(EU)でも、11月の消費者物価が前年比4・9%となった。日本では、11月の消費者物価は前年比0・6%にとどまっているものの、国内企業物価は同9・0%に達した。世界中で原油、液化天然ガス(LNG)の供給不足によるエネルギー価格の高騰と、コロナ蔓延に伴う人手不足で工場の操業率が低下、半導体等部品が不足して製品供給が低下したためである。
【米英の金融緩和政策転換】
このため、物価上昇は景気回復初期の一時的現象と言い続けていた米連邦準備制度理事会(FRB)は、11月末に至って「一時的」という言葉を取り消し、11月初めに開始したばかりの「資産買い入れ縮小(テイパリング)」のテンポを早め、本年後半には「資産縮小」に着手し、さらに本年中には計3~4回の政策金利引き上げを見込み始めた。先進国中央銀行のうち英イングランド銀行は、昨年12月に先頭を切って利上げに踏み切った。
【出口政策の時期が各国区々であることによるリスク】
しかし、ここに世界経済にとって一つのリスクがある。コロナ禍で各国が揃《そろ》って続けてきた超金融緩和であるが、その出口の時期はまちまちなことだ。消費者物価上昇が前年比0・6%にとどまり、2%の物価目標を上回るまで異次元金融緩和を続けるという日本銀行は、当面出口政策を考えず、利上げ国との金利差は拡大し、いわゆる「悪い円安」がさらに進む可能性がある。コロナ禍で経済が大きく停滞したままの新興国・途上国も利上げは難しく、利上げする米国などへの資金流出で、通貨安、債務支払困難に陥るリスクがある。
【民間と政府の債務過剰に伴うリスク】
先進国自身の金融システムにもリスク要因がある。コロナ禍の中でさまざまの支援融資を拡大したため、信用度の低い企業の過剰債務問題や、家計部門の一部にもローン借り入れの行き過ぎがある。金融システムの動揺を招かずに過剰債務処理を進める難題が控えている。
過剰債務は民間ばかりではない。コロナ禍に伴う民間支援の財政支出で、この2年間、主要国の政府債務は著しく膨張した。その上今年は、日本で参議院選挙、米国で中間選挙があるため、日米の政府支出と債務はさらに膨張しよう。
【日本は全要素生産性上昇率の引き上げに注力せよ】
しかし、少なくとも日本には、目先の問題よりも、長期のもっと重要な課題がある。それは、近年における日本の国際競争力低下、経済成長率の低さ、賃金の低迷などの大本にある潜在成長率の低下を立て直すことだ。その根本的対策は、最近20年の間に、年率1%強から0・2%程度にまで低下してしまった全要素生産性の上昇率を回復することだ。脱炭素やデジタルトランスフォーメーション(DX)の促進、産学協同の新技術の立ち上げ支援などにこそ、政府支出は注力すべきだろう。
【中国の動向も波乱要因】
最後に本年の世界経済には、もう一つの大きな波乱要因がある。中国は5年に1度の共産党大会を秋に控え、「統制や規律」を重視して情報技術、教育、不動産などの民間大型企業を締め付け続けるのか、それとも過去40年間の経済発展を支えてきた「改革開放」の基本は崩さないのか。もし前者であれば、本年の成長率は5%以下となり、恒大集団倒産などの不動産不況で金融不安が起こり、世界経済へ甚大な影響が及ぶことが心配される。