政権交替とアベノミクス(2021.10.18)
―『世界日報』2021年10月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【アベノミクスの退場】
自民党総裁選で勝利した岸田文雄氏が新しい首相に就任した。これでアベノミクスは、国の基本的経済戦略として継続することはなくなろう。
振り返ると、2013年1月、発足直後の安倍晋三内閣と日本銀行は「共同声明」を発表し、物価安定の目標を消費者物価前年比の2%とし、これをできるだけ早期に実現するため、大胆な金融緩和を推進することとした。これは、アベノミクスの3本の矢の1本で、あと2本は②財政出動と③経済構造改革である。
【短期決戦とリフレ派理論の破綻】
日本銀行はこの1本の矢を律儀に実行した。同年4月、安倍前首相が信頼するリフレ派の主張に沿い、金融政策の操作目標を従来のコールレート(金利)からマネタリーベース残高(量的金融指標)に変更し、これを2年間で2倍にして消費者物価上昇率の2%を実現するという「2」並びの短期決戦に挑んだ。日本銀行はこれを「量的・質的金融緩和」と名付け、黒田総裁自身は自ら「異次元金融緩和」と称した。
ところが、2年経《た》っても3年経っても、消費者物価(消費税率引き上げの影響を除く、以下同様)の前年比は1%にも届かなかった。短期決戦は完全に失敗し、物価はマネタリーベース次第というリフレ派の理論は破綻した。
【量的金融指標から金利への回帰】
この頃(15~16年)になると、日銀内部では「量的・質的金融緩和」の効果に関する計量分析が盛んに行われ、公表されている。マクロ経済モデルによる検証(16年11月)では、「政策導入以降の実質金利の低下が無ければ、消費者物価の前年比は引き続きマイナスまたはゼロ近傍で推移していた」という結論を出している。この論文を含むすべての実証研究では、リフレ派の主張するマネタリーベース残高からの政策効果は計測されておらず、金利から出る効果のみが有意に計測されている。
16年1月の「マイナス金利政策」と同年9月の長期金利の「ゼロ%誘導」を柱とする「長短金利操作付き」量的・質的金融緩和の背景には、これらの研究成果があったのである。金融政策の操作目標は、再び「量的金融指標」から「金利」に戻った。その後、今日までの政策変更は、18年7月も21年3月も、この枠組みの中で長期金利変更の許容幅を変更しただけであった。
【超金融緩和だけでは効果が小さかった】
本年3月、日本銀行は「より効率的で持続的な金融政策の検証」を行ったが、日銀内部では再び大型マクロ・モデルを使い、13年4~6月期から20年7~9月期までの政策効果を検証し、その結果を21年4月の論文で公表している。そこではやはりマネタリーベース残高は登場せず、金利の直接の効果や円安・株高を通じる間接の効果が分析されている。その結果、実質国内総生産(GDP)の水準を年平均0・9~1・3%程度、消費者物価の前年比を年平均0・6~0・7%程度、それぞれ押し上げる効果があったと結論している。
【アベノミクスの下で生産性上昇率と潜在成長率は大きく低下】
大掛かりな「異次元」の金融緩和を、7年以上行った割には効果が小さいと言えるが、もともとアベノミクスには、金融の他に②財政出動と③経済構造改革があった。②と③によって日本の潜在成長率を押し上げる筈《はず》が、実際には潜在成長率(日銀推計)は13年度上期の0・82%からコロナ禍直前の19年度上期には0・20%(コロナ禍後の20年度下期には0・10%)に下がっている。この結果、前述のように金融政策の効果で需要が0・9~1・3%上がると、需給ギャップはコロナ前の19年には2%前後の需要超過となり、失業率は2・4%(完全雇用の領域)に低下したのだ。
【選挙目当ての分配政策最優先は失敗する】
岸田新政権は、アベノミクスが口先だけで実行しなかった③経済構造改革を実行し、日本経済の生産性を高め、潜在成長率を引き上げない限り、国民への分配は増えず、国民の経済的福祉は向上しないことを忘れないでほしいと思う。選挙目当ての分配政策最優先であってはならない。またコロナ不況からの回復と超金融緩和からの出口政策という短期的には矛盾する二つの難しい課題に取り組む金融政策は日本銀行に任せ、余計な口出しをしない方が賢明であろう。