ポストコロナの政策課題(2021.5.18)
―『世界日報』2021年5月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【ワクチンの接種でコロナ感染症が峠を越した国々】
 コロナワクチンの接種が遅れている日本では、再びコロナ感染症が広がり、5月連休をまたいで緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出された。米国、英国、ロシア、中国、イスラエルなどワクチンの開発・接種が早かった国では、猛威を振るった感染症が峠を越し、前途に希望が見えているようだ。
 これらの国々では、生物化学兵器に襲われた場合に備え、日頃から政府の支援でワクチンの研究、開発が進められていたようで、今回のコロナに対するワクチンの開発が、日本では信じられないほど早かった。自らがウィルスを使った兵器を研究していたのだとすれば、褒められた話ではないが…。

【ワクチンの研究、開発に腰が引けていた日本の製薬会社】
 それにしても、科学技術の発達した日本にしては、ワクチンの普及が遅過ぎる。1980年代以後、はしか・風疹《ふうしん》・おたふく風邪の3種混合ワクチン(MMRワクチン)による健康被害が起き、損害賠償請求訴訟で国側が敗訴したため、ワクチン行政は用心深さが際立つ。これを反映して民間の製薬会社も、ワクチンの研究・開発に腰が引けていたようだ。

【厚生行政も緊急時の備えを欠く】
 今回の厚生行政一般も、安全性を重視するあまり、緊急時にもかかわらず、臨機応変に対応できなかったようにみえる。緊急使用許可の制度がある前述の国々に比べ、ワクチンの承認と接種開始が大きく遅れた。日本は今後、緊急事態の法律をもっと整備する必要があろう。

【日本のDX推進が今後の課題の一つ】
 コロナ禍で経済、社会が大きな打撃を受けた日本では、ワクチンの問題以外にも、重要な政策課題が浮かび上がっている。3密を避けるため、職場や窓口でリモートワーク、テレワークの必要性が高まる中で、日本の組織のデジタル化の遅れが明らかになっている。情報技術を使った事業変革(DX)は、会社の事務だけではなく、役所、病院などの国民に対するサービス業務でも、広く普及させなければならない。DX投資は、今後の経済回復をリードする重要な柱となろう。

【非常時の拡張的な財政金融政策の収束も課題】
 コロナ禍の下で行われた非常時の拡張的な財政・金融政策の収束、正常化も、これからの大きな課題である。昨年度第1~3次補正予算と本年度当初予算で、巨額の財政支援を行った結果、財政赤字は一段と拡大し、それを賄う膨大な国債発行の多くは、日銀の買い上げによってファイナンスされた。非常時の緊急避難としては許されるが、その結果を放置すると、将来の日本経済の大きな重石《おもし》となる。

【財政再建の展望を明らかにしなければ国民は社会保障制度の持続性に疑問を持つ】
 例えば、巨額の財政赤字を減らす「財政再建」の展望が明らかにならなければ、国民は社会保障制度の持続性に疑問を持ち、自衛上、貯蓄性向を上げ、消費を抑える。このような消費の構造的停滞を見て、企業の設備投資意欲も下がる。日本経済の中期的成長率は、消費と投資の停滞で、一段と低下する。これを避けるためには、政府が国民に信頼される財政再建計画を立て、実行に移されなければならない。

【失敗した異次元金融緩和の収束も課題】
 コロナ禍で収束のタイミングを失った異次元金融緩和を、正常に戻す課題もある。安倍前首相の強い影響下で、黒田日銀は2013年から国債や上場投資信託(ETF)などの資産を大量に買い上げ、マネタリーベース残高を4・5倍にしたが、13~19年の7年間、消費者物価(生鮮食品、消費税率引き上げの影響を除く)の前年比は目標に揚げた2%はおろか、1%にも届かず、今はコロナ禍でマイナスとなっている。
 他方、日銀の巨額の資産購入で、国債市場は自律的な調整機能を失い、株式市場にはバブルの気配がある。マイナス金利政策と長期金利の0%への誘導は、金融機関の収益を圧迫している。コロナ禍に伴う業況不振の企業に対する支援融資は、将来不良債権化する恐れがある。

【「出口政策」を進める時】
 幸い、13~20年初まで2~3%台で動かなかったマネーストックの増加率が、コロナ対策の財政大幅散布と日銀の融資支援措置で、今9%台に達している。これがコロナ禍からの経済回復を支えている間に、日銀は大量の資産購入を絞り、マイナス金利政策を中止し、長期金利の誘導目標を引き上げるなど「出口政策」を進めなければならない。