試される菅首相の経済政策(2020.11.15)
―『世界日報』2020年11月15日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【「未来投資会議」を廃止、「成長戦略会議」を立ち上げ】
 菅義偉内閣が発足して間もなく2か月になる。新聞報道によると、就任直後、菅首相は議員会館の自室で毎日にように民間人・学者と会い、その数は1カ月で80人を超えたという。安倍首相のようにリフレ派に偏らず、幅広い民間人・学者の話を聞いたようだ。
 そして1カ月後の10月16日に「成長戦略会議」を立ち上げ、安倍前首相の「未来投資会議」を廃止した。安倍氏の会議は、首相を議長とし、10人の経済閣僚と15人の民間人で構成され、官僚、とくに経産省が主導して政策をとりまとめる御前会議であった。しかし菅氏の会議では、閣僚は議長の官房長官を含めて3人で、民間委員8人(リフレは居ない)が自由に議論し、首相に助言する舞台にするという。菅首相自身は毎回は出席しないが、年末には中間とりまとめを受け取るようだ。

【アベノミクスの「需要面」の拡大ではなく、「供給面」の構造改革に重点】
 アベノミクスは①大胆な金融緩和②財政出動③成長戦略―の3本の矢を掲げたが、実際に機能したのは①と②で、③は「未来投資会議」をはじめ、スローガンだけで何一つ実効を挙げていない。その根本的な理由は、日本経済停滞の根因は、金融緩和の不足という「需要面」にあるとするリフレ派の意見に従っていたからである。しかし、幅広い民間人・学者の話を聞いた菅首相は、「①大胆な金融緩和」の7年間に、日本の経済成長率は1%以下にとどまったままであり、その基本的な原因は、規制改革、構造改革による生産性の向上という「供給面」の改善が滞っていたからだと確信したようだ。10月26日の臨時国会における所信表明演説では、日本経済の成長力引き上げに重点を置き、規制改革・構造改革を通じて、デジタル社会、グリーン社会を実現すると述べた。

【中期戦略は順調にスタートしたが、もう一つの課題は景気対策】

 このように菅新内閣の中期経済戦略は順調にスタートしたように見える。しかし経済政策のもう一つの課題は、足元の景気対策だ。これは政府の財政措置を伴う諸施策と、日本銀行の金融政策が協調して事に当たる外はない。
 日本の景気は、昨年初めから緩やかな自律的景気後退局面に入っていたが、安倍前内閣は昨年10月、景気後退下の消費増税という致命的な誤りを犯した。さらに大型台風も災いして10~12月期に実質国内総生産(GDP)が前期比年率マイナス7・0%も落ち込んだうえ、年明け後はコロナ禍に襲われて、1~3月期、4~6月期通計で年率マイナス16・3%とさらに大きく沈んだ。緊急事態宣言解除後の6月からはマイナス成長を脱したが、鉱工業生産で見ると、9月までの4カ月で、昨年10月から本年5月までの落ち込みの54・4%しか回復していない。

【需要回復にはなお時間】
 需要動向を見ると、まず家計消費は5月までの移動制限や飲食店・催し物の制限などで萎縮したあと、制限の緩和・解除やGoToキャンペーンで6月から回復してきた。しかし、「実質消費活動指数+」(日銀推計)は、9月現在、昨年10月からの落ち込みの5割しか回復していない。「家計調査」(総務省)を見ると、消費が元に戻らないのは雇用悪化や賃金下落など景気後退の影響よりも、先行き不安からくる消費性向低下の影響が大きい。
 設備投資も先行きを警戒して計画の先送りが広がっており、本年度の設備投資計画が、年初の前年比増加から若干の減少に転じた。
 コロナ禍に伴う世界的な経済活動の萎縮で、日本の貿易は輸出入共減少傾向にあったが、輸出は立ち直りの早い中国向けを中心に、6月から緩やかな増加傾向に転じた。輸入は下げ止まった程度なので、貿易収支は好転し始め、7月から黒字に戻った。

【経済官庁に対する指導力と日銀との協調が試される】
 日本の景気は、経済の落ち込みに対する政府の緊急財政措置のほか、輸出の立ち直りと消費の戻り足によって徐々に回復しているが、落ち込み前の昨年9月以前の水準に戻るには時間がかかる。ワクチンの開発、普及によるコロナ禍の最終的克服は来年と思われるし、自律的景気後退をもたらした設備、雇用の調整完了とその後の循環的回復というプロセスも必要だからだ。菅首相の経済官庁に対する指導力と日銀の金融政策との協調が試される。