菅新政権は日本を再生できるか(2020.10.5)
―『世界日報』2020年10月5日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【安倍政権の残り任期を継承する内閣としては最適】
安倍前首相が健康上の理由で、来年9月までの自民党総裁任期を残して退任し、後任に菅義偉前官房長官が自民党新総裁に選ばれ、新首相に就任した。コロナ禍対策やオリンピックの準備・実行など喫緊の課題が並ぶ現在の日本で、官房長官として安倍政権を支えてきた菅氏が、来年9月までの残り任期を引き継ぐのは自然であろう。二階派に続き、岸田、石破派を除く自民党の全5派閥が雪崩を打って菅支持となって圧勝したのも、安倍総裁・首相の残り任期継承者として最適と見たのが一因ではないか。
【菅新首相は規制改革、行政改革に意欲】
しかし、現代日本の政治的課題や問題点を、7年余の官房長官の経験から熟知している菅氏である。ひとたび首相の座に就けば、今度は自分の信念に基づいて運営してみたいと思うのは自然であろう。記者会見における菅新首相の言葉には、それが滲(にじ)み出ている。「行政の縦割り、既得権益、悪(あ)しき前例主義を打ち破り、規制改革を進める」と述べ、その一例として総務省、厚労省、経産省などに分かれているデジタル行政を集めて一元化し、デジタル庁を新設することを打ち出した。
また党人事では、菅総裁を支持した5派閥に1人ずつ役員を割り振り、閣僚人事では、安倍内閣の閣僚のうち8人を再任、3人を別のポストに横すべりさせた。これを見て、来年9月までの安全第一の安倍継承内閣と揶揄(やゆ)することは容易である。しかし「行政改革の徹底」を打ち出した菅首相の姿勢が本物であるならば、今後1年間、どこまで「改革」を推し進めるかを見たいものだ。特に河野行革相、平井デジタル担当相に注目したい。
【早期解散、総選挙はせず、1年間の業績を示せ】
「叩(たた)き上げの出世物語」が好きな日本国民は、非世襲で苦労人の菅氏の新内閣に好意を寄せ、世論調査の支持率は小泉内閣、鳩山内閣に次ぐ過去3番目の高さである。これを見て早期解散、総選挙で長期本格政権の確立を目指そうという声が、自民党内に起きている。しかし国民にとっては、どれだけの改革実行力とコロナ収束、経済回復、外交展開などの実務能力のある内閣かを1年間見届けてからの解散、総選挙の方が安心ではないか。
特にマクロ経済政策については、事前に戦術・戦略を国民の前に明らかにし、その実行力の一端を示してほしいと思う。
【まずはコロナ禍の克服】
短期的には、昨秋来の消費増税、大型台風、コロナ禍で実質国内総生産(GDP)が本年4~6月期までの3四半期に10%も落ち込み、安倍前内閣の発足時より4%も低くなっている日本経済の現状を、どうやって立て直すかである。まずはコロナ禍を克服しなければならないが、これは最終的にはワクチンの開発、普及を待たなければならない。それまでは感染予防のための社会経済活動自粛と、GoToキャンペーンのような需要喚起という矛盾する二つの政策の兼ね合いを図る判断力が試される。
【循環的景気対策も必要】
しかし最終的にコロナ禍を克服できたとしても、それだけでは経済がリバウンドするだけで、持続的な成長軌道には戻らないだろう。日本経済は昨年1~3月期から景気後退に入っていたからだ。循環的に落ち込んだ設備投資や雇用の回復策が必要だ。時限的な消費税率引き下げなどの大胆な手も考えられるが、基本的には日本経済の中長期展望について、企業が自信を取り戻すことが大切だ。
【中期的には供給能力の停滞をどう解決するか】
日本経済の中期的な低成長の原因は、アベノミクスが考えたような需要不足にあるのではなく、全要素生産性の上昇率低下など供給能力の停滞にある。従って基本的対策は、アベノミクスの異次元金融緩和ではなく、菅首相の規制緩和、構造改革、デジタル化を行政組織にとどまらず、経済、産業の組織全般において徹底することである。それによって、新しい技術を持った企業の市場参入と古い技術にとどまる企業の市場退出が活発になれば、日本経済全体の生産性は向上し、潜在成長率は高まる。リフレ派に偏った安倍前首相と異なり、幅広い人々と交流する菅首相には、構造改革派の実務家や学者が集まるのではないか。