複雑な新型肺炎の経済への影響(2020.3.8)
―『世界日報』2020年3月8日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

 新型コロナウイルスによる肺炎の広がりが、日本でははっきりと意識され始めたのは1月の下旬であった。他方、経済指標の公表は、現在1月の指標が出始めたところである。従って、この新型肺炎の経済への影響を分析するには、まだデータが足りない。ここでは、その影響を理論的に考察してみたい。

【消費・投資活動の委縮による総需要の低下】
 新型肺炎の経済への影響は、実は大変複雑である。第一は、誰でも気が付くことであるが、集団感染を防ぐため、人が集まるイベントを中止したり、人が集まる所への外出を自主的に控えたりして、消費活動が低下する。外国からの観光客によるインバウンド需要も落ちる。これらに伴って、企業も投資活動を抑制する。その結果、日本全体の総需要は低下する。

【世界的な株価暴落に伴う逆資産効果】
 第二は、世界的な株価暴落に伴う「逆資産効果」で、世界中の支出活動が萎縮する。米国のダウ工業株平均は、史上最高値(2万9551㌦)をつけ、さらに3万㌦に迫っていたが、新型肺炎の世界的蔓延(まんえん)に怯(おび)え、2月の最後の1週間だけで3583㌦(マイナス12・4%)も下落した。これはリーマンショック後の下げ幅を上回って過去最大の記録である。その前週を含めると7営業日連続の下落だ。米国では株式保有の大衆化が進んでいるので、このような株価暴落の消費者心理への悪影響は大きい。
 米国だけではない。2月末現在、タイ、インドネシア、ロシアなどの株価下落は、直近1年の高値からの下落率で米国を上回り、日本、中国、韓国、ドイツ、イタリアなどの株価下落率も米国に近い。もちろん株価のことなので、何かの好材料が現れれば3月中に多少のリバウンドはするであろうが、新型肺炎がもたらす「逆資産効果」への怯えは消えず、消費者心理の萎縮は尾を引くだろう。

【サプライチェーン寸断による供給ショック】
 第三は、肺炎の罹患(りかん)や予防に伴う従業者の不足や操業停止によって、財・サービスの供給が不足する影響である。経済のグローバル化に伴い、原材料・部品調達→製品製造→販売、のサプライチェーンもグローバルに広がっているので、中国など肺炎蔓延の著しい国での生産ストップが世界中の企業のサプライチェーンを寸断し、供給停止を引き起こす。その結果、世界中の生産、供給活動が低下する。第一と第二の影響が需要減少を引き起こすのに対して、この影響は供給不足を生み出す。

【世界経済減速に伴う石油、LNGなどの値下がり】
 第四は、新型肺炎に伴う世界各国の生産低下や、それを見越すことによって、原油、液化天然ガス(LNG)などの鉱物性燃料の世界市況が下落することである。これは産油国の経済にとってはマイナスであるが、消費国の経済にとってはプラスである。

【経済への影響は需要委縮、供給減退などセクターごとに区々】
 以上の四つの影響は、経済セクターにより、国により、またタイミングにより、経済効果の方向がまちまちであり、世界全体への影響は慎重に分析する必要がある。
 例えば、物価に対する影響を見ると、第一、第二、第四は需要減退であるからデフレ的であり、物価は下がる。しかし第三は、供給不足であるから物価は上がる。正確に言えば、物価上昇と経済活動低下が同時に起きる「スタグフレーション」型である。これは2回の石油ショックで経験したことと同じ「サプライ・ショック」であり、物価上昇を抑える抑制的政策と供給を促進する刺激的政策の正反対の政策が同時に要る。最近起こったマスクとトイレッペーパーの買い急ぎ・品不足はその一例で、現在のところ上手に対応しているように見える。

【4~6月期に景気後退が底を打てばベストシナリオだが・・・】
 全体として見ると、日本経済は大型台風と消費増税で昨年10~12月期にマイナス成長となった後、本年1月下旬から第一と第二の効果で需要がさらに減退し、第三の効果で企業活動が低下するので、本年1~3月期もマイナス成長となり、景気後退は決定的になるであろう。しかし世界的な新型肺炎の蔓延が峠を越せば、第一~三の効果は次第に薄れ、一種のリバウンドも起きるので、4~6月期あたりを底に緩やかな回復過程に入ることを期待したいが、果たしてどうなるであろうか。