整合性欠く政府経済見通し(2020.2.23)
―『世界日報』2020年2月23日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【経済成長率と物価上昇率は低いが、企業収益好転と完全雇用を実現したアベノミクス】
 「アベノミクス」を掲げた政権運営が7年を超えた。この7年間に、経済成長率は平均1・1%にすぎず、消費者物価の上昇率は目標の2%には程遠く、1%弱である。しかし、企業の売上高経常利益率(日銀短観)はバブル期を上回る最高水準に達し、失業率は完全雇用の域にまで下がった。
 安倍政権のアドバイザーの1人、浜田宏一内閣顧問は、金融政策の最終目標は完全雇用の達成であり、物価目標の2%はその手段、いわば中間目標であると言っていた。これは正統的な経済学の見解として正しい。従って浜田顧問は、最終目標が達成された現在、その手段にすぎない2%の物価目標を達成するための「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に「待った」をかけて然(しか)るべきであるが、その気配はない。日本銀行は安倍政権発足時の政府との「共同宣言」を守り、長期国債の保有を80兆円増やす量的ガイダンスや、物価目標の2%を超えるまでマネタリー・ベースを拡大し続けるという量的約束を守っている。

【問題の核心はデフレではなく供給能力不足】
 需要不足で物価上昇率が低く、デフレに陥る懸念があるのなら、この方針でよい。しかし完全雇用が達成されたということは、供給力に見合った需要が十分にある証拠である。成長率が低いのは需要が不足しているからではなく、供給力の伸びが低いからである。従って問題の核心は、「デフレ」にあるのではなく、「供給能力不足」にある。昨年12月19日の本欄でも触れたように、日本銀行の推計によると、日本の潜在成長率(マクロ的供給能力の伸び率)は、安倍政権の下で0・7%弱にまで下がっている。

【「期待」成長率低下が「現実」の成長能力低下を実現】
 日本の潜在成長率は、1980年代後半のバブル期には4~4・5%ほどあった。しかしバブル崩壊に伴う傷痕が十分に癒えていない97年度に、財政赤字を一挙に13兆円縮小する超緊縮予算を執行し、大型金融倒産を含む大不況を引き起こしたことから問題が始まった。97~99年度の3年間がゼロ成長となった下で、新聞・雑誌は、これからはゼロ成長でもやっていける経営体質にならなければいけないと書き立てた。
 企業はその気になり、損益分岐点操業度を下げるため、固定費を生み出す設備投資、正規雇用、外部負債を徹底的に圧縮した。その結果、技術革新は停滞し、生産性向上を示す「全要素生産性(TFP)」上昇率は低下し、折悪く日本の生産年齢人口の減少も加わって、潜在成長率は1%以下に下がってしまった。「期待」成長率低下の「自己実現」である。

【政策の重点は需要刺激ではなく供給能力増加】
 問題の核心がデフレではなく、供給能力不足にある以上、マクロ経済政策の重点は需要刺激ではなく、供給能力増加を目指す規制改革、移民政策など財政政策の裏付けのある供給サイドの構造対策でなければならない。
 本年度補正予算と来年予算を組んだ安倍内閣に、この問題意識があるのだろうか。安倍政権のアドバイザーたちは、このことを強く進言しているのであろうか。

【政府の来年度経済見通しは過大】
 予算編成と同時に発表された政府の経済見通しを見ると、明年度の実質成長率は、本年度の実績見込み0・9%から1・4%に大きく跳ね上がる見通しという。これは他の機関の予測に較べて、極めて高い。日本銀行政策委員たちの見通しの中央値は明年度1・1%、国際通貨基金(IMF)の経済見通しは2020暦年0・7%である。また直近1年間の潜在成長率(日銀推計)は0・7%弱である。

【政府は生産性向上促す政策を欠いたまま見通しだけは高成長】
 仮に政府は、明年度予算の生産性向上対策で、潜在成長率が飛躍的に高まると考えていると仮定しても、好況期の改善はせいぜい1年で0・2%止まりである。従って、1・4%も成長するとすれば、既に需要超過のマクロ経済の需給が一段と逼迫(ひっぱく)するが、政府の来年度物価見通しでは、国内総生産(GDP)デフレーターも消費者物価も、本年度とほとんど同じ0・8%の上昇である。政府見通しは整合性がとれていない。税収見通しを高く見積もりたいためであろうが、1・4%の成長率は高過ぎるのである。
 政府はこのような過大予測で自己満足せず、生産性向上を促す着実な努力をしてほしい。