金融政策の枠組み修正の年か(2020.1.21)
―『世界日報』2020年1月21日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

 2020年の年頭に当たり、本年の日米欧の金融政策を展望してみたい。
 昨年は米中貿易戦争に伴うグローバル・バリューチェーンの混乱から世界経済は減速し、主要国は多かれ少なかれその影響を受けた。

【米国は利下げの打ち止め】
しかし本年、米国では堅調な雇用や史上最高値圏の株価の資産効果から消費の好調が戻り、また半導体市況が次世代通信規格の5Gの普及に伴って回復することなどから、景気が再加速するという見方が出ている。このため連邦準備(FRB)は、昨年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)で再利下げを見送ったが、さらに本年中の再利下げも不要との見解が支配的となり、中には少数ながら本年中の利上げ必要論も出ている。これはトランプ大統領の利下げ圧力と対立するが、景気がしっかりしていれば大統領再選にも有利なので、FRBの意向通りになるかもしれない。

【ECBは新総裁の下で金融改革再検討の意向】
 欧州ではスイス、スウェーデン、デンマークなどを中心に、ユーロ圏がマイナス金利となっているが、それにもかかわらず物価上昇率が一向に高まらない点は、日本とよく似ている。マイナス金利の効果がなく、むしろ銀行収益を圧迫する副作用が大きいため、利下げが逆効果となる「リバーサル金利」論に注目が集まっている。欧州中央銀行(ECB)の新総裁となったラガルト元国際通貨基金(IMF)専務理事は、本年中に金融政策の再点検を実施し、金融政策の枠組みを直す方針を表明している。

【日本銀行に政策再検討の意向なし】
 日本でも同じようにマイナス金利が効かず、物価上昇率は低いままで、銀行収益圧迫などの副作用ばかりが目立っているが、日本銀行はECBと異なり、金融政策再検討の意向を示していない。昨年12月の金融政策決定会合後の発表文を見ると、「消費者物価の前年比は〈中略〉、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えられる。〈中略〉2%の物価安定の目標実現を目指し、これを安定的に維持するために必要な時点まで、《長短金利操作付き量的・質的金融緩和》を継続する。〈中略〉先行き物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧(おそ)れが高まる場合には、躊躇(ちゅうちょ)なく、追加的な金融緩和措置を講じる」としている。

【ECBと日本銀行が異なる理由】
 欧州と日本では、マイナス金利にもかかわらず、物価上昇率が高まらず、その間にマイナス金利の副作用が強まっているという点で、似たような状態にある。そこでECBは、リバーサル金利も含めてマイナス金利の効果と副作用を再検討するとしているのに対し、日本銀行は効かないなら、さらにマイナス金利の深掘りを含め金融緩和政策を強化し、目標達成を目指すとしている。この違いは、2%の物価目標の重要性と実現可能性、およびマイナス金利の副作用である金融リスクの重大性についての認識が違うためであろう。

【日本銀行も政策を再検討せよ】
 2%の物価目標の実現は、日本銀行が考えるほど重要とは思えない。1%弱の物価上昇率の下で、高収益と完全雇用が既に実現しているからである。また実現可能性についても、マクロ需給の逼迫(ひっぱく)と予想物価上昇率の上昇の二つを挙げているが、これも疑わしい。日本銀行自身の推計結果によると、需給ギャップは16年第4四半期以降、現在まで需要超過であるが、その下でも物価上昇率は1%以下である。これ以上需要超過を拡大するには成長率を2%以上に高めなければならないが、それは無理だろう。また日本の予想形成は日本銀行の分析にもあるように「適合的(過去の実績に依存)」であるから、低い物価上昇率の下で予想物価上昇率だけが先行して上昇してくることは、考えにくい。

【IMFも再検討を提言】
 昨年暮れにIMFは、遠慮がちに日本銀行に金融政策の見直しを提言してきた。2%の物価目標に固執せず、また2%を超えるまで現在の政策を続け、必要なら再強化するという約束を見直せという提案がその中にある。面子(めんつ)にこだわらず、本年は金融政策の枠組みを修正する年ではないだろうか。