経済政策の戦略を転換せよ(2019.12.19)
―『世界日報』2019年12月19日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【最長となった安倍内閣の成果は?】
安倍晋三氏の総理在任期間が、憲政史上最長となった。長く総理を務めることによって、国際政治における日本の存在感が高まったことは功績として評価したい。とくに米国のトランプ大統領がアメリカ第一の一国中心主義を掲げる中で、米国抜きの環太平洋連携協定(TPP)を成立させ、また東南アジア諸国との自由貿易を推進するなど多国主義を貫いていることは、評価できる。
しかし国内に対しては、アベノミクス、憲法改正、北方領土返還、拉致被害者帰還などのスローガンを次々と打ち上げながら、何一つ成果がない。今年も残り少なくなり、安倍政権発足から丸7年になるので、ここでアベノミクスに絞って総括してみたい。
【安倍政権が日銀に押し付けた2%の物価目標】
2012年12月に内閣総理大臣となった安倍晋三氏は、選挙期間中から訴えていたアベノミクスを内閣のマクロ経済政策の基本戦略として正式に打ち出した。それはよく知られているように、①大胆な金融緩和②財政出動③成長戦略―の3本の矢から成る。その上で安倍政権は、13年1月に日本銀行との間で「共同声明」を発表した。この中で日本銀行は、それまで1%前後としていた物価安定の「目途(めど)」を、2%の物価安定の「目標」とすることを受け入れてしまった。
【マイルドインフレを目指したリフレ派のアドバイザー達】
消費者物価「指数」の計算は、基準時を固定するラスパイレス方式なので、物価安定の時「指数」は若干上昇するが、過去半世紀の日本の経験では、それが1%程度であると長い間日本銀行は見ていた。しかし安倍政権の強い要求の前に、日本銀行はそれを2%の「目標」とすることを受け入れてしまった。安倍首相の経済アドバイザーたちは、経済は物価上昇の下で大いに発展すると見るリフレ派であり、物価安定に見合う1%前後にさらに1%を加え、2%のマイルドインフレを目指すことを進言したのである。
【インフレは景気をよくしない】
しかし経済学の教科書が教えるように、インフレで企業収益が好転するのは販売価格だけが上昇する初期だけで、原料と投資財の価格や賃金が同じように上昇し始めれば、企業収益は元に戻り、格別良くならない。その上インフレになると、販売価格の上昇が物価上昇の反映か価格体系の中の相対的上昇か区別がつかなくなり、販売・投資計画に齟齬(そご)をきたし、企業活動、ひいては経済全体の効率が悪くなる。幸い安倍政権下の過去7年間、物価上昇が真の物価安定に見合う1%程度にとどまっていたお陰で、企業収益は一貫して好転した。
【2%の物価安定目標は誤りだった】
従って、「2%の物価安定目標」は初めから間違っていたし、無用の長物であった。これを実現するために今なお続いている超金融緩和は、金融機関の収益悪化と金融市場の機能低下という副作用を生み、リスクを蓄積している。そもそも安倍政権発足当初、日本経済停滞の原因を貨幣的なデフレと見たことが、根本的な誤りであった。発足後7年間、1%弱の物価上昇の下で企業の売上高経常利益率は一貫して上昇し、失業率は一貫して低下して完全雇用の領域に入っているではないか。
【最重要課題は経済停滞の克服】
安倍政権にとって大切なマクロ経済の課題は、デフレの克服ではなく、好収益・完全雇用の下でも経済成長率は1%程度にとどまり、国民の経済的福祉の向上が遅々としている停滞の克服である。戦略的重点となる対策は、需要サイド(①金融緩和)ではなく、供給サイド(②財政出動と③成長戦略)である。低成長下の好収益、完全雇用は、需要不足ではなく、供給能力の伸びが低いためだからだ。
【財政政策に裏付けられた技術革新の促進策で供給能力の停滞を克服せよ】
日本銀行の推計を見ると、日本の潜在成長率は、安倍政権発足時の1%程度から0・7%弱に下がっている。潜在成長率低下の原因は、全需要生産性(TFP)の上昇率が1%から0・3%弱に落ちたことと、生産年齢人口減少や労働時間短縮に伴う労働投入量の減少である。この対策はアベノミクスの中の②財政出動の裏付けのある③成長戦略によって、技術革新の促進、女性と高齢者の就業率引き上げ、外国人労働者の受け入れを進めるなど、戦略の重点を転換する以外にないだろう。