迷走気味の日米金融政策(2019.11.18)
―『世界日報』2019年11月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

 日米の金融政策決定会合が相次いで開かれた。10月29~30日の米連邦準備制度理事会(FRB)の連邦公開市場委員会(FOMC)と、30~31日の日本銀行政策委員会・金融政策決定会合である。

【米国経済に強弱両局面の動き】
 米国では、米中貿易戦争に伴い、4~6月期の輸出が大幅に減少したあと、7~9月期も持ち直していない。これにつれて、7~9月期の設備投資は、4年ぶりに大きなマイナスを記録した。製造業は雇用にもブレーキがかかり、9月の就業者数は1年前より減少した。
 半面、今年に入って7月と9月の2回にわたり、「予防的利下げ」を行った結果、6四半期連続でマイナスであった住宅投資が、7~9月期にようやく5・1%増となった。また3カ月物国債の金利が10年物国債の金利を上回り、景気後退の予兆と嫌がられていた「逆イールド」現象も、8月を最後に解消した。

【FRBは3会合連続の利下げのあと、更なる再利下げには消極的】
 このような強弱二つの材料を前に、今回のFOMCは、7月、9月に続き、3会合連続の利下げに踏み切った。しかし同時にパウエルFRB議長は、個人消費の底固さ、住宅投資の回復などを強調し、2%の物価目標がいずれ達成されるという楽観的見通しを語り、「予防的利下げ」を打ち止めにしたい意向をにじませた。

【中央銀行の独立性を無視するトランプ大統領】
 しかし、それではトランプ大統領が黙っていない。彼は、来年の大統領選挙で再選されるためには、米中貿易戦争によって中国をやり込める一方、これに伴う米国経済への成長減速圧力を利下げで防ぎ、景気を来年まで維持したいと考えているからだ。
金融政策は国民の長期的利益に奉仕するために運営すべきであり、その時々の権力者の短期的利害によって左右されてはならないという長い間の民主主義の知恵が、「中央銀行の独立性」である。歴代の大統領や財務長官はそれを守ってきたのに、トランプ大統領は平然とそれを破り、FRBに公然と利下げ圧力を掛けている。パウエル議長とFRBにとって、これからの1年間は、これまでに経験したことのない受難の時期となろう。

【日本銀行のこれ以上の金融緩和はリスクが大き過ぎる】
 他方日本銀行は、今回の金融政策決定会合でも、追加利下げをしなかった。日本では金融市場の機能低下が危ぶまれるほど、日本銀行が国債をはじめとする民間の金融資産を買い上げてマネタリーベースを大量に供給しているし、民間金融機関の収益悪化が危ぶまれるほど金利を引き下げ、マイナス金利の領域まで入っている。率直に言ってこれ以上の金融緩和の方法はリスクが大き過ぎて見当たらない。
 しかし、それを市場に見透かされ、米欧の利下げなど追加緩和のたびに、強い円高圧力が掛かることを恐れ、日本銀行はまだ金融緩和の余地が残っていることを示そうとしている。

【必要なら再利下げもあり得るとのジェスチャー】
 今回の金融政策決定会合では、これまで「当分の間、少なくとも2020年春まで」現在の極めて低い長短金利水準を維持するとしていた「政策金利の先行き指針(フォワードガイダンス)」を改め、「物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる恐れに注意が必要な間、現在の長短金利水準、またはそれを下回る水準で推移することを想定している」として、より長期にわたり現在の低金利、あるいはそれを下回る低金利を維持するとの方針を明らかにした。その上で、物価安定のモメンタムに関する分析ペーパーを発表した。
【日本銀行は円高を恐れて基本を誤るな】
 この苦肉の策を出す日本銀行の気持ちは分かるが、これ以上のマイナス金利の深掘りはリスクが大き過ぎる。過去半世紀の日本では、1%前後の物価指数の上昇が物価安定の姿であり、2%に向かうモメンタムなどは存在しない。2%は日本ではマイルドインフレだ。欧米の物価目標が2%なのは、歴史的に欧米の方がインフレ傾向が強いからだ。だからこそ、この半世紀の間、円高傾向が続いているではないか。インフレ格差を反映する円高は、輸出に不利ではなく、海外投資には有利である。円高を恐れるあまり、金融政策の基本を誤ってはならない。