米中貿易戦争と世界経済(2019.9.19)
―『世界日報』2019年9月19日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【米国の景況感指数が低下し、長短金利が逆転】
8月に入り、日米をはじめ、世界の株価が急落したが、その後は反動高の局面もあり、9月に入ってからは米中貿易協議の先行きを見て、一進一退が続いている。
米国の実体経済では、雇用が堅調を保っているが、製造業の景況感指数が低下し、金融市場では景気後退を示唆する長短金利の逆転が起こっている。短期金利よりも長期金利が低くなるということは、短期の景気過熱のあと長期的には景気後退で金利が下がるという市場の予想を反映している。
【米国以外では成長減速】
米国以外の国では、既に景気後退の始まりを示唆する成長減速が起こっている。中国は工業生産や小売売上高の前年比が月を追って低下している。これに伴い欧州連合(EU)や日本などからの中国向け輸出が不振に陥っており、特にEUの中心であるドイツは、中国向け輸出の停滞が響いて4~6月期はマイナス成長に陥った。日本も中国向けを中心に4~6月期の外需は減少したが、内需が個人消費、政府支出に支えられて伸びたため、全体としてわずかにプラス成長を維持した。
しかし7~9月期は分からない。電子部品・デバイスなど輸出関連業種を中心に鉱工業生産・出荷の増勢は鈍く、製品在庫は高止まりしている。堅調な雇用情勢でも、輸出不振の影響で製造業からの新規求人数が7月まで6カ月連続で前年割れとなっており、全体の新規求人倍率と有効求人倍率(いずれも季調済み)は5月から7月まで3カ月続けて低下した。
【持久戦に入った米中貿易戦争】
このような世界経済情勢の中で、中国は米国との貿易交渉で安易に妥協せず、持久戦に入った感がある。これまで米国は、2018年7月の第1弾から19年5月の第3弾まで中国からの輸入2500億㌦に関税を掛けた上、国営企業への補助金、進出外資企業からの知的財産権移転などについて中国が変更しなければ、さらに第4弾として今年9月1日から2700億㌦の輸入に10%の関税を上乗せすると脅かしていた。しかし、中国から満足な回答が出ないまま、8月15日に至って米国が譲歩し、うち1660億㌦分の課税上乗せは12月15日まで延期し、10月に閣僚級協議を再開する。中国にとって、国営企業への補助金、進出してくる外資企業から技術移転などは、中国の国是である国家主導型資本主義の発展の根幹とも言える政策で、これは安易に放棄できない。
【ジリジリと窮地に追い込まれた米国】
他方、トランプ米大統領の米国第一主義の関税政策は、米国内の物価上昇や輸入先転換など米国自身にも不利な結果を招く。また世界経済の減速は、グローバルに活動する米国企業、ひいては米国経済の繁栄を脅かす。現に本年1~6月の米国の貿易赤字は、4121億㌦と前年同期比で3%増えた。対中貿易の赤字は10%減ったものの、対メキシコ、ベトナムなどの赤字が増えたからである。経済学の教科書が教えるように貿易赤字の総額は米国内の貯蓄に対する投資の超過によって決まり、関税は赤字総額の配分に影響するだけだ。また中国からの輸入が減れば、そこに部材や知財を提供する米国の対中輸出も減る。
【米国が局面打開に動く】
こんなことも分からないトランプ大統領ではあるまい。これでは、来年の大統領再選にとって不利であろう。12月15日まで関税の上乗せを延期した品目には、ノートパソコンなどIT機器、ゲーム機、キッチン用品、クリスマスの飾り、靴など年末商戦の目玉商品ばかりが並んでいるのは、米国消費者のご機嫌取りか。
中国は、米国がこれ以上、米国民の生活と世界景気を悪化させる政策は打てないと読んで、持久戦に入ったのだ。
【金融緩和の余地が狭まり、財政出動の声も】
しかし、米国が世界経済にこれ以上悪化の圧力をかけられないとしても、既に始まった悪化は止めなければならない。8月22~24日に主要国の中央銀行幹部や学者が集まったジャクソンホール会議では、残念ながらこれ以上の金融緩和の余地が乏しいことが確認された。そうなれば、ドイツも日本もサマーズ元米財務長官が言うように、財政政策を通じて需要を喚起する以外に方法はないであろう。