今こそ財政政策が前に出よ(2019.6.20)
―『世界日報』2019年6月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【米中貿易戦争に伴い世界経済見通しは徐々に下振れ】
米中貿易戦争の関税引き上げ合戦の影響を受けて、各国のグローバル企業は、原料・部品の調達先、製品の製造拠点、その輸出先などの国際的ネットワークの再編成を強いられており、経済効率の低下から、世界経済の成長見通しは下振れしている。国際通貨基金(IMF)は昨年の世界経済成長率の見通しを、当初の3・9%から順次3・6%まで引き下げたが、本年の見通しも当初の3・5%から4月には早くも3・3%へ(世銀は今月2・6%へ)引き下げた。
【動きの取れない日本銀行】
これに伴い、米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)は、引き締め効果を持つ「非伝統的金融緩和政策からの出口政策」を見直し、先行きの景気後退に備える姿勢に転じた。このことは、先月のこの欄(金融政策の路線修正図る米欧、5月21日付)で紹介した通りであるが、その中にあって、動きの取れない日本銀行の姿が際立っている。これ以上量的緩和を進めれば、買オペ額の拡大によって市場機能を一層悪化させてしまうし、これ以上マイナス金利を深掘りすれば、銀行収益をさらに一層悪化させて金融危機のリスクを高めてしまう。しかも、これらの追加緩和がどの程度総需要を拡大し、景気後退のリスクを後退させる効果があるのかも不確かだ。
【日本銀行のやむを得ない言い訳】
日本銀行の「経済・物価情勢の展望」や「金融政策決定会合における主な意見」を見ると、今の政策のままでも、所得から支出への循環メカニズムが働く下で景気の拡大が続き、消費者物価の前年比は2%に向かって徐々に高まっていくとしている。これは信じ難いほどの楽観論であるが、取りあえずこうとでも言わなければ、FRBやECBが緩和方向に金融政策を再修正している中で動かないでいる言い訳が立たないからであろうか。
【13年1月の政府・日銀「共同声明」を忘れるな】
しかし、ここで日本銀行だけを批判するのは不公平ではないだろうか。物価と景気を左右するマクロ経済政策には、金融政策だけではなく、財政政策がある。第2次安倍内閣が発足した直後、2013年1月22日の政府・日銀の「共同声明」には、そのことが次のように書かれている。
「1、持続的経済成長の実現に向け、政府、日銀の政策連携を強化し、一体となって取り組む。2、日銀は物価安定の目標の下、金融緩和を推進するが、その際、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、問題が生じていないかどうかを確認していく。3、政府は機動的なマクロ経済政策運営に努めるとともに、日本経済の競争力と成長力の強化を強力に推進する。」
【政府は金融政策が行き詰まった時の財政政策出動を約束した筈】
1は持続的経済成長を目指すマクロ経済政策は、日銀の金融政策のみならず政府の財政政策も連携して実施すべきこと、2は金融政策の効果波及には時間がかかるので、その間に銀行経営や市場機能などに不均衡が蓄積しないよう、十分注意すべきこと、3は政府の機動的なマクロ経済政策の運営が重要であること、を説いている。
従って、金融政策の一層の緩和が将来のリスクをますます蓄積する恐れがある今日のような局面では、機動的に財政政策が出動して成長を支えるべきことは、実は政府・日銀が初めから確認済みのことなのである。
【国債金利が成長率より低い間は財政赤字拡大をあまり心配する必要はない】
自国通貨建ての政府債務膨張は問題ないという「現代金融理論(MMT)」は極端で支持できないが、最近7年間の日本のように、国債発行金利が国内総生産(GDP)成長率よりも低い状態では、国債残高の対GDP比率には自然と低下圧力がかかっており、財政支出削減や消費増税を急ぐ必要はない。景気の基調が強まり、金利と成長率が逆転するまでは、景気刺激の財政政策が前面に出て金融政策を補うべきである。
【財政支出拡大は技術革新と育児・教育の支援を中心に】
財政拡張政策の中身は、アベノミクスの下で年率0・8%から0・1%まで落ちてしまった「全要素生産性(TFP)」の上昇率を再び引き上げるための技術革新支援の構造政策が中心となるべきであろう。また、育児、教育、科学技術などの分野を支援して優れた人的資本の蓄積を促す政策にも、一層の財政資金投入を惜しむべきではない。