欧米の金融政策路線修正と日本の難題(2019.5.21)
―『世界日報』2019年5月21日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【金融政策の路線修正図る米欧】
 米欧の金融政策が、正常化路線(非伝統的金融政策からの出口政策)から外れてきた。米連邦準備制度理事会(FRB)は2019年中の利上げを見送り、膨張した保有資産の圧縮も9月末で中止することを決めた。これまでとは逆に、利下げもあり得るとするメンバーもいる。欧州中央銀行(ECB)は19年中の利上げ開始を断念し、現在の超緩和の長期化に備えるため、マイナス金利政策の銀行経営に対する負の影響(副作用)の軽減を検討し始めた。
 日本銀行も4月25日の金融政策決定会合で、ECBと同様、金融緩和政策が生み出した負の影響の一つである市場機能の劣化を改善するため、受入担保の要件緩和や上場投資信託(ETF)の貸出制度創設などを打ち出した。

【舵取りが難しいFRB】
 このような金融政策の路線修正に伴い、米国では昨年10月初めをピークに年末まで20%も下落していた株価が、本年4月末までにほぼ100%戻った。実体経済面でも、実質成長率が昨年10~12月期の前期比年率プラス2・2%増に続き、本年1~3月期には市場予測(同プラス2・0%程度)を大きく上回る同プラス3・2%増と跳ね上がっている。米中貿易戦争が一時的に休戦となった上、金融政策が緩和方向へ転換したため、純輸出と企業投資(設備と在庫)が大きく伸びたためである。
 これは来年秋に選挙を控えるトランプ大統領にとってはハッピーなシナリオであろう。しかし、5月10日の米国の対中追加関税発動による米中貿易戦争再燃に伴い、株価と米ドルの下落、世界経済の下振れリスクなど、新たな攪乱要因が出てきた。これを考えると、FRBは来年秋の大統領選挙まで難しい舵(かじ)取りを迫られるだろう。

【日本への米中貿易戦争再開の影響はこれから】
 日本でも、株価は昨年10月初めをピークに年末で20%ほど下落したあと、年初から反発したが、戻り足は米国より鈍かった。米中貿易戦争と米国金融政策の転換という二つの与件は共通だが、日本の景気の基調は米国ほど強くはなく、成長率も米国ほど高くはないからである。米中貿易戦争を主因とする中国の成長鈍化の影響は、日本の輸出の場合、やや遅れて本年1~3月を中心に出たと見られる。5月以降の米中貿易戦争再燃に伴い、世界経済の拡大テンポと日本の輸出増加率の先行きが懸念されるが、日本経済はとりあえず4~6月期にはプラス成長を維持する蓋然(がいぜん)性が高い。

【日本の問題はむしろ国内にある】
 日本の問題は、むしろ国内にある。日本銀行の本年4月の「展望レポート」によると、消費者物価(除、生鮮食品)の前年比は、21年度になってもプラス1・6%と2%に達しないと予測している。にもかかわらず、安定的に2%を超えるまで「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を続けるとし、少なくとも20年春まで、現在の極めて低い長短金利の水準を維持するという。
 しかし1990年代以降今日までの30年の間、全国消費者物価(除、生鮮食品、消費税率引き上げの影響を除く)の年平均の前年比が2%を超えたのは、バブル期の余韻が残る92年までで、93年以降昨年2018年までの26年間に、一度もない。今の物価指数は、基準時のウエートを固定するラスパイレス方式なので、年率0・2%前後の上方バイアスを持っているが、物価が真に安定している時に2%も上振れすることはない。2%を超える物価上昇率の持続は、日本ではマイルドインフレであり、2%の物価目標政策は無用のインフレ政策である。

【全要素生産性向上が大切】
 13年から始まった現在の景気上昇は、1%弱の物価上昇率の下で完全雇用を達成し、さらに女性と高齢者の労働力化率上昇に伴って就業者数は増加し、雇用者報酬が増加して所得と消費は着実に拡大している。残された日本の課題は、1%弱まで低下してしまった潜在成長率の上昇を図るため、全要素生産性の上昇率を向上させることだが、それには資源の適正配分と所得の公正な分配が必要で、その大前提が物価安定である。2%の物価目標はその邪魔になる。