世界に悪影響を広げる米国の保護貿易主義(H31.1.21)
―『世界日報』2019年1月21日号“Viewpoint”(小見出し加筆)


【米国が自国最優先の保護貿易主義へ】
 第2次大戦後70余年間、世界経済発展の指導理念であった自由貿易主義と、米国のトランプ大統領が打ち出した自国最優先の保護貿易主義が衝突している。米国は環太平洋連携協定(TPP)を離脱し、各国と個別に貿易協定を結ぼうとしている。

【影響が最も大きいのは米中貿易戦争】
 その中で、世界経済への影響が最も大きいのは、米中の貿易交渉の帰趨であろう。米国の知財保護、米国企業への技術移転強要の中止、米国に対するサイバー攻撃中止など5分野の協議で3月1日までに合意に達しなければ、米国は中国からの輸入2000億㌦分の関税率を10%引き上げて25%にするとしている。そうなれば中国も米国からの輸入品の関税を報復的に引き上げるであろうから、世界の国内総生産(GDP)の39・3%を占める米中両国の経済が間接税(関税)の増税とグローバル・バリューチェーン(付加価値連鎖)変更の負の効果によって減速し、世界経済に抑制効果が及ぶだろう。

【経済学上の常識を無視する米中】
 世界経済発展の最善の道は自由貿易主義であるという信念を持たない世界の2大経済大国が、自国経済発展の最善の道は自国最優先の保護貿易主義と信じて争っている。その結果、世界経済全体に負の効果が及べば、結局は自国経済にとってもマイナスになるというのに。世界全体としては、保護貿易より自由貿易の方が経済効率がよく、関税の引き上げより引き下げの方が経済拡張効果が大きい。このような経済学上の常識を覇権主義的な米中2大経済大国は無視している。

【一国の経常収支は総貯蓄と総投資の差に等しい】
 そもそも一国の経常収支のバランスは、国内の総貯蓄が総投資より大きければその額だけ黒字、総貯蓄が総投資よりも小さければその額だけ赤字になる。その内訳としてどの国に対して黒字や赤字が発生するかの配分は、各国の比較優位産業や為替相場の相対的関係で決まる。従って、一つの相手国からの輸入に対して関税をかければ、その国に対する赤字が減った分だけ、他の国々に対する赤字が増えるだけで、赤字の総額は変わらない。

【トランプの景気刺激策こそ経常収支悪化の原因】
 昨年来の米国の大型景気は、トランプ政権が行った大型減税に支えられている面が大きいが、これに伴う財政赤字の拡大は米国全体の総貯蓄を減らし、民間投資の増加は総投資を増やし、差し引き米国の投資超過を拡大して経常収支の赤字を増やす。この大元を締めないで関税を操作しても、個々の国に対する貿易赤字が変化するだけで、米国の貿易赤字総額を減らすことはできない。

【FRBの利上げは経常収支好転の要因】
 米国の連邦準備制度理事会(FRB)は昨年中フェデラルファンド(FF)レートの誘導目標を0・25%ずつ4回引き上げ、2・50~2・75%とし、さらに本年も引き上げる構えを見せている。景気を挫折させない範囲で投資の拡大テンポを抑えようとしており、総投資の減少を通じて経常収支の赤字を縮小させる効果がある。トランプ大統領はこの利上げが気にいらないようであるが、自らが仕掛けている貿易戦争よりも、対外的な赤字縮小策としてはるかに合理性が高い。

【注目される日米の個別交渉】
 米国と日本との個別交渉は今月中に始まる。日本はTPP11で認めた以上の輸入自由化を受け入れない方針のようだが、果たしてどうなるか。日本はかねて交渉を重ねてきた欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)が決着し、本年2月から発効する。EUは世界GDPの21・7%を占めるので、TPPから抜けた米国の24・3%をある程度埋め合わせることができるかもしれない。もっとも、そのEUの中でも、移民をめぐって対立が生じている。また英国のEU離脱(Brexit)が円滑に進むかどうかというリスクもある。

【日米貿易交渉の帰趨如何で日本は窮地に】
 日本が対米交渉で保護主義的な方向へ譲歩し、他のTPP11加盟国なども同じことになれば、世界と日本の経済成長減速要因となろう。その上本年以降の日本には、オリンピック需要のピークアウト、10月の消費増税という重荷がある。他方金融政策は、出口政策が進んでいる米欧と異なり、目いっぱい緩和してこれ以上の緩和は難しい状態にある。一層の緩和は国債市場の流動性をさらに奪って市場の需給調節機能をますます低下させ、これ以上の低金利は長短金利差を一層縮小して金融仲介機関の収益と機能をますます圧迫するからだ。

【いま日銀がやれるのは金利体系の修正】
 いま日本銀行にできることは、一つは、6年間の大量買いオペで3・7倍に膨張して滞溜するマネタリーベースの不活動残高を活性化させて、経済活動を刺激することだ。もう一つはフラットで低水準の利回り曲線の水準を上げ、曲線の傾斜を強めて、短期借り・長期貸しの金融仲介活動の収益を改善することだ。マネタリーベースの活性化にはマネタリーベース保有の機会費用であるコールレートをマイナスからプラスに戻し、日銀預金の付利を廃止して、マネタリーベースの不活動残高保有の採算を益から損に変えることだ。銀行の収益改善には長期金利を若干上昇させて利回り曲線の傾斜を立て、短期借り・長期貸しの採算を改善することが必要だ。一見引き締め的に見えるこの金利体系の修正が、実はマネタリーベースの遊休残高活性化と銀行の収益改善・金融仲介機能促進に通じることに日銀が早く気付き、実行することを期待したい。