異次元金融緩和の副作用修正を(H30.9.20)
―『世界日報』2018年9月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【日銀は異次元金融緩和の副作用修正に目を向け始めた】
 金融緩和の強化か、出口政策への第一歩か、どちらを向いているのか分からない政策変更が7月31日に発表されてから1カ月余りがたった。いまだに市場の一部にはとまどいも見られるが、幾つかの事がはっきりしてきた。

【国債買い入れ回数の削減】
 一つは、量的質的金融緩和政策の副作用である市場の官製化を、修正する意図である。日銀による大量の国債買い入れで債券市場の民間取引が成立しないという事態は、これまでにも時折発生しており、近くは8月29日の10年物国債取引が成立しなかった。これを改めるため、日銀は国債の買い入れ回数を削減することにした。長期国債の市場利回りは、銀行の貸出・有価証券投資の基準金利であり、これが市場メカニズムの下で常に成立していなければ、金融システムの円滑な運営に齟齬(そご)を来す。

【国債市場利回りの誘導目標の変動幅拡大】
 さらに日銀は、国債の市場利回りの伸縮的変動を促すため、10年物国債市場利回りの誘導目標の幅を、これまでの0%程度を中心とした上下0・1%幅から0・2%幅に拡大した。これに伴い、市場利回りはこれまでの0・1%以下から0・1%台までの間で、伸縮的に変動している。これを見てメガバンク3行は、9月から住宅ローンの10年固定優遇金利を0・05%幅で引き上げた。

【ETFの買い入れ額縮小】
 市場官製化という副作用は、株式市場にも出ている。このところ株式市場は比較的活況を呈しているが、日銀が年間約6兆円の上場投資信託(ETF)を株式市場から買い入れているため、この価格支持効果を差し引いた株価の実勢がどの程度なのか、見極めがつかない。この日銀による株価下支えと日銀が実質的な大株主となる企業が増えていることは、自由な民間経済の活動にとって望ましいことではない。最近の日本経済が設備投資、家計消費などの国内民間需要主導型で成長していることから考えても、もう日銀は株式市場介入から手を引く時期に来ている。このため、8月以降、日銀はETFの買い入れ額を絞り始めた。

【銀行収益の圧迫と金融仲介機能の低下】
 以上は「量的質的緩和」の副作用であるが、「マイナス金利付き長短金利操作」もまた大きな副作用を生み出している。それは、長短金利の水準と差を示す「利回り曲線」が、低水準でフラット化しているため、銀行の利鞘(りざや)が縮小し、銀行収益が悪化していることである。2018年3月期の地方銀行決算では、105行中48行の本業利益が赤字となった。この副作用は、「マイナス金利付き長短金利操作」が金融システムにおける金融仲介機能を低下させていることを示している。

【J・トービンの銀行行動理論】
 この副作用に対する手当ては、利上げが必要となるため、現在までのところ着手していない。この対策を考えるには、ノーベル経済学賞を受けた故ジェイムズ・トービン教授(エール大学)の銀行行動理論が参考になる。教授は銀行行動をマネタリーベース、フェデラル・ファンド(FF)ローン、貸出・有価証券投資という3資産の選択行動として定式化した。FFローンの貸し手はプラス(資産)、借り手はマイナス(負債)となる。これは日本のコール・ローンに置き換えることができる。

【正常な金融ではマネタリーベースはゼロ金利、コール・ローンはコール・レート、貸出・有価証券投資の利回りは最も高い】
 3資産のうち、マネタリーベースにはゼロ金利、コール・ローンにはコール・レート、貸出・有価証券投資には貸出金利や債券金利から成る利回りが付いている。正常な金融情勢では3資産のうち最も長期の貸出・有価証券投資の利回りが最も高く、短期のコール・レートは低い。コール・ローンの回収または取り入れで貸出・有価証券投資を増やせば利鞘が確保され、収益が拡大する。またマネタリーベースはゼロ金利なので、所要準備額まで絞られている。

【日本の現状ではマネタリーベースはプラス金利、コール・ローンはマイナス金利、貸出・有価証券投資の利回りは低い】
 しかし、日本の金融の現状は非正常で、マネタリーベースの78%を占める日銀当座預金のうち56%にはプラス0・1%の金利が付くので、マネタリーベースの金利はゼロではなくプラスである。他方、コール・ローンの金利はマイナス0・1%に誘導されている。また貸出・有価証券の利回りは、基準金利の10年物国債の利回りの中心がゼロ%程度に誘導されているので極めて低い。利回り曲線はコール・レートのマイナス0・1%から10年物国債利回りのゼロ%程度を通る低水準で、フラットな姿をしている。

【日本の現状ではマネタリーベースが著増、コール・ローンは著減、貸出・有価証券投資は低い伸び】
このため資産選択では金利の付くマネタリーベースが著増し、マイナス金利のコール・ローンは3分の1に減り、貸出・有価証券投資の伸びは低い。これを直すには、利回り曲線の水準を引き上げ、同時にもっと右上がりの傾斜を強め、銀行収益の圧迫、金融仲介機能の低下という副作用を直さなければならない。

【マネタリーベースはゼロ金利、コールレートはプラス金利、国債利回りの誘導目標は引上げが必要】
 具体的にはコール・レートをマイナスからプラスに戻し、日銀当座預金の付利をやめ、10年物国債利回りの誘導目標をゼロ%程度から0・5%程度に引き上げ、貸出・有価証券投資の利回り上昇を促せば、貸出・有価証券投資とマネーストックの伸び率が高まるので、利上げの景気抑制効果を上回る景気刺激効果が期待できるであろう(8月20日付本欄参照)。金融仲介機能の低下という副作用の修正には、2%の物価目標にこだわらない思い切った金利政策の上方修正が必要なのである。