民間内需中心の景気回復は「金利政策の正常化=銀行の与信活動促進」の好機(H30.8.20)
―『世界日報』2018年8月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【大山鳴動して「ねずみ」一匹】
 7月31日の日本銀行政策決定会合で決まった政策は、「大山鳴動してねずみ一匹」の感があった。誘導する長期金利の変動幅拡大という「ねずみ」以外は、何も実質的な政策変更はなかったからだ。しかしこの「ねずみ」は、大きく成長する可能性を秘めているのかもしない。

【緩和政策の強化か正常化の第一歩か】
 「現在の極めて低い長短金利の水準」を、2019年10月の消費税率引き上げ時まで維持することを「想定」するという発表文から、市場は素直にこの「フォワードガイダンス」を緩和政策の追加と読み、直後には円安、株高に動いた。
 ところがリフレ派の政策委員2人は、この決定に反対票を投じている。2%の物価目標達成に関連付けていないので、これは追加緩和政策ではないと主張したのだ。長期金利の誘導水準の上限を0・1%から0・2%へ引き上げたのは、「ステルス利上げ」の始まりだと見れば、確かにこれは引き締め強化ではなく、正常化の第一歩になるかもしれない。現に10年物長期国債の市場利回りは、発表後、それまでの0・0%台から0・1%台に上昇した。

【異次元緩和の「副作用」で銀行の利益を悪化させる「リバース金利」の状況】
 地方銀行105行の18年3月期の決算では、半分近い48行の「本業」利益(預貸関連収益と役務利益の合計から経費を差し引いた利益)は赤字であった。銀行の貸出・有価証券投資の基準利回りとも言うべき10年物長期国債利回りの上昇は、銀行の「本業」である貸出・有価証券投資の利回りの引き上げを助け、今後の収益好転に寄与するであろう。異次元金融緩和に伴う従来の長短金利の低下は、その「副作用」として銀行の本業を圧迫し、マネーストックの増加率上昇を妨げてきた。これは金利水準が下がり過ぎて銀行行動に抑制的影響を与える「リバース金利」の状況と言えよう。それを直して銀行行動を活性化し、マネーストックの増加率を高める第一歩とすれば、今回の国債利回りの変動幅拡大は大きな意味がある。

【「展望リポート」は銀行行動を分析せよ】
 7月31日の政策決定と同時に公表された「展望リポート」では、消費者物価上昇率がなかなか2%に達しない理由として、企業の賃金、価格設定スタンスや消費者の値上げ許容度などを分析している。しかし、そのようなミクロ情報の積み上げだけではなく、銀行行動、ひいてはマネーストックの供給という物価決定のマクロ的側面を、金融政策(イールドカーブの水準と傾き、マネタリーベースの量)との関連で分析してほしい。

【マネーストックの増加率が高まらない三つの理由】
 前回(7月17日)のこの欄で指摘したように、日銀当座預金に滞留するマネタリーベースは、異次元緩和発足時の7・8倍に達しているのに、マネーストック(M3)の増加率は、5年の間前年比3%前後で一向に高まっていない。その原因は、マネタリーベースの不活動残高を日銀預金に保有する「機金費用」が、①コールレートがマイナスの上、②日銀預金の過半にプラスの金利が付いているため、「損」ではなく「益」となり、その上、③貸出・有価証券投資の利回りが低いからだ。

【コールレートをプラスに戻し、日銀預金の付利をやめ、長期金利の誘導目標を少し引上げよ】
 これは金利低下がかえって銀行の信用拡張行動を抑える「リバース金利」だ。マネタリーベースの不活動残高を貸出・有価証券投資、ひいてはマネーストックの増加に向かわせるためには、①コールレートをプラスに戻し、日銀預金の付利をやめて、マネタリーベースの不活動残高保有の機金費用を「損」に戻し、また②長期金利の基準である10年物の国債利回りの誘導目標、ひいては貸出・有価証券投資の利回りをもう少し上げて、イールドカーブの水準と傾きを修正することが必要である。マネーストックの増加率の高まりは、長短金利誘導目標の若干の引き上げがもたらす引き締め効果を十分に相殺する緩和効果を生み出し、物価上昇圧力を強めるであろう。これは異次元金融緩和の副作用で委縮してきた銀行の金融仲介機能の再活性化である。

【日本経済は消費と設備投資を中心に4~6月期から立ち直った】
 日本経済は1~3月期の足踏みを脱し、4~6月期は内需の底固さに支えられて前期比プラス0・5%(年率プラス1・9%)と回復基調に戻った。冬期の天候不順から弱含んでいた家計消費は、平年を上回る高温に助けられて立ち直った。背景には、雇用の堅調持続、ベアと夏のボーナスによる賃金上昇率の高まりがある。
 本年度の企業の設備投資計画は、日銀短観をはじめ各種の調査で、数年ぶりの高い伸びとなっている。16年度第4四半期から需要超過となったマクロ需給ギャップは、18年第1四半期にプラス1・71%となり、本年度中に前回ピーク(プラス2・09%、07年第4四半期)を上回る勢いである。これを背景に能力増強投資、人手不足を補う省力化投資、新製品開発投資、生産性向上投資、オリンピック関連投資などが盛り上がり、4~6月期は前期比年率プラス5・2%の伸びとなった。また先行きを示す機械受注も4四半期連続の前期比増加と好調だ。

【民間内需中心の好況は金融政策正常化の好機】
 政府支出や外需ではなく、このように堅調な家計消費と企業設備投資という民間の内需に支えられた本年度の好景気は、若干の利上げを伴う金融政策正常化に舵(かじ)を切る絶好の環境と言えよう。