黒田日銀第1期を総括する(H30.6.18)
―『世界日報』2018年6月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
黒田日銀第1期(2013年4月~18年3月)のマクロ経済指標が出そろった。ここで、第1期の異次元金融緩和とは何であったのかを改めて考え、次の動きを展望してみよう。
【異次元緩和を打ち出す】
黒田総裁は着任直後の13年4月、「2%の消費者物価前年比上昇率」を「2年程度の期間」で実現するため、「マネタリーベースの供給を2年間で2倍にする」(年間約60~70兆円増)という「2」並びの「量的・質的金融緩和政策」を打ち出した。その上で、これを実現するため、長期国債の買い入れ額を年間56兆円に拡大し、上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(J―REIT)の買い入れ額も増やした。
【3回に及ぶ政策修正】
続いて14年10月、マネタリーベースの年間増加額と長期国債の買い入れベースを、年間80兆円に引き上げた。
さらに16年1月、コールレートをマイナス0・1%に誘導する「マイナス金利」政策を導入し、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」と称した。
最後に同年9月、操作目標を国債買い入れ額という「量」から「金利」(イールドカーブ)に切り替え、コールレートをマイナス0・1%、10年物国債の市場利回りをゼロ%程度とする「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に変わった。
【マネタリーベースの急膨張と円高修正】
以上のような5年間の政策展開によって、マクロ経済指標はどのように推移したか。マネタリーベースは5年間に3・5倍という異常な膨張となり、日銀資産の対国内総生産(GDP)比率は、欧米中央銀行と大差ない30%程度から頭抜けて高い100%超へ急上昇した。このような金融指標の急変は、世界の市場関係者を驚かせ、日銀の政策スタンスの大変化と受け取られたため、08年のリーマン・ショックの後1㌦80円前後まで円高に振れていた円相場を、13年以降100~120円の円安に導いた。
【物価目標の空振りとその背景】
しかし肝心の消費者物価は、2年間で前年比2%になるどころか、5年間通計しても4・5%(年率平均0・9%)しか上昇しなかった。それは、マネタリーベースが3・5倍になっても、実際に民間の支出活動を動かすマネーストック(M3、平均残高)は、5年間で15・5%(年率平均3・0%)しか増加せず、総需要(実質GDP)は5年間で5・8%(年率平均1・1%)の拡大にとどまったからである。
【マネタリーベースが日銀当座預金に溜る訳】
増えたマネタリーベースの90%以上は日本銀行の当座預金に不活動残高としてとどまり、これを5年間に7・8倍にした。金融が正常であれば、日銀当座預金の不活動残高は、利益を得るためコール市場に放出され、コール資金を取り入れた銀行はコールレートより利回りの高い貸出・有価証券投資に運用し、マネーストックを増やす。しかし異次元金融緩和の下ではコールレートがゼロやマイナスなので、日銀当座預金にたまった資金をコール市場に放出する動機がない。
【金利低下の効果は出た】
このように、マネタリーベースを著増させて総需要を急拡大させる「リフレ派」の政策は「空振り」に終わった。しかし、異次元緩和の下で短期金利はマイナス、10年物長期金利はゼロ%程度にコントロールされているので、この「金利効果」はジワリと利いている。特に物価上昇率を差し引いた「実質」金利は、消費者物価上昇率が物価目標の2%に達しないとはいえ、デフレを脱してプラスとなったので、長短共にマイナスの領域まで下がっている。
【完全雇用の達成】
このため実質成長率は、それ以前の5年間(8年第2四半期~13年第1四半期)の通計マイナス0・7%成長から、この5年間に通計プラス5・8%(年率平均1・1%)に立ち直った。他方、潜在成長率は1%弱だったので、このような低い成長率の下でもマクロ需要ギャップは縮小し、16年第4四半期から需要超過に転じ、最近はリーマン・ショック直前の前回好況末期とほぼ同じ水準にある。失業率は完全雇用領域の2・5%まで下がった。
【企業収益好転と株高】
物価上昇率が2%に達しない下でも、このような需給基調の引き締まりの下で企業収益は好転し、法人企業の売上高経常利益率は14年頃から大きく回復し、最近の水準はリーマン・ショック直前の前回景気のピーク時(07年)を5割も上回っている。これが基本的な背景となり、さらに円安定着の影響も加わって、株価は5年間にほぼ2倍となった。
【米欧は既に出口政策へ】
景気上昇で失業率が着実に低下し株価が急騰している米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、既に量的緩和を終了し、政策金利をゼロ金利から6回引き上げて1・5~1・75%としている。デフレのリスクが消えた欧州の欧州中央銀行(ECB)でも、量的緩和の打ち切りと利上げは時間の問題と見られている。
【日本も政策転換の時期】
日本では量的緩和の度合いが欧米よりも大きかっただけに、中央銀行のバランスシートの不健全化、銀行経営の悪化、金融市場の自律的調整機能の低下、財政規律の弛緩(しかん)などの副作用は大きい。経済が完全雇用の領域に入ってきた今、国債買い入れ額の明示的な縮小を行い、また無用な実質金利の一層の低下を防ぐため、現在のマイナス金利政策の中止を含む長短の名目金利水準の引き上げなど、副作用のリスク軽減に積極的に取り組む時期が来ている。