日銀新執行部に期待すること(H30.4.17)
―『世界日報』2018年4月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【旧執行部が狙った異次元金融緩和の効果】
日本銀行の新執行部が、事実上、旧執行部の延長のような形で発足した。当面は、旧執行部が発足した際に打ち出した「量的金融緩和」、別名「異次元金融緩和」を、そのまま引き継ぐとみられる。
旧執行部の説明によれば、この政策は、次のような政策効果を狙っている。まず①2%の物価目標を掲げ、2%超の消費者物価の前年比上昇率が安定的に続くまで異次元金融緩和を続け、必要なら強化すると宣言し、その通り実行することによって、企業や消費者などの予想物価上昇率を2%に引き上げる。②その結果、企業や消費者などは、値上がり前の買い急ぎに走り、企業投資や家計消費を増やす。③これによって総需要の増加率は高まり、日本経済はデフレを脱することができる。
【2%の物価目標は「笛吹けど踊らず」】
しかし、旧執行部の5年間の間に、このシナリオは実現しなかった。
①まず2%超の物価上昇率が実現するまで日本銀行が異次元金融緩和を続けると宣言し、5年の間、量的質的緩和の拡大、マイナス金利政策の導入、イールドカーブ・コントロールへの転換などを行って強化しても、人々の予想物価上昇率は高まらず、現実の消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は5年間1%前後であった。「笛吹けど踊らず」である。
人々は、バブル期のような異常事態が発生しない限り、好況期の消費者物価の前年比は1%前後であることを過去の経験からよく知っており、従って予想物価上昇率は1%程度にアンカーされているためにこうなったのである。政府、日銀の「口先介入」に踊らされる程、国民は愚かではない。
【物価上昇率を高めても景気は良くならない】
②物価上昇率を高めれば景気が良くなるという考え方も間違っている。値上がり予想に基づく買い急ぎは、将来の支出を前倒しにしているだけで、その後は先食いの反動で支出が落ち込み不況となることは、消費税率引き上げのたびに経験した。
インフレが企業収益を好転させることもない。企業はインフレの初期に販売価格だけが上昇している間は収益が好転するが、やがて原材料価格や設備投資費用(機械や土地の価格)、賃金などの上昇が追い付いてくれば収益が圧迫され、「元の木阿弥(もくあみ)」となる。
【経済の持続的成長と完全雇用という最終目標は達成され2%の物価目標は無用の長物に】
③2%の物価目標は達成されなかったが、デフレは脱却した。本年3月調査の「日銀短観」では、業況判断、需給判断のDIは過去のピーク並み、あるいはそれを上回る水準で横這(よこば)っており、売上高経常利益率は短観開始の1974年度以降最高である。完全失業率や有効求人倍率も、バブル期のピーク並みである。
景気を持続させ、完全雇用を維持し、国民生活を向上させる金融政策の最終目標は、既に達成されているのである。この上、何のために物価上昇率を2%超に高める必要があるのか。2%超の物価上昇が続けば、それを上回る賃上げがない限り国民の実質賃金は減少するし、資産超過の家計の実質純資産は減価する。だからこそ日銀の「生活意識に関するアンケート調査」(2018年3月)では、物価上昇は「どちらかと言えば困ったことだ」との回答が、これまで同様、80%に達しているのである。
【2%の物価上昇は「物価安定」ではない】
今年は現行の日本銀行法が施行されて20年目になるが、その第2条には「日本銀行は、(中略)物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」と書かれている。「物価の安定」は「手段」であり、「国民経済の健全な発展」が「目標」として明記されているのだ。
「異次元金融緩和」がスタートした13年度から17年度(18年1~3月は推計)までの5年間、消費税率引き上げが行われた14年度を除くと、連続して潜在成長率(1%弱)を上回るプラス成長を続け、前述の通り17年度現在完全雇用の状態にある。「国民経済の健全な発展」という最終目標は、「2%の物価目標」という「手段」が達成されていないのに実現している。これは2%の物価上昇が「物価の安定」ではない証左だ。日本における「物価の安定」は、13~17年度の実績にあるように1%前後である。最近35年間で、消費者物価の前年比が2%を超えたのはバブル期だけであることから見ても、日本の物価安定が2%超であるはずはない。
【2%の物価目標を棚上げしてもデフレには戻らない。大切なのは「期待成長率」を高める構造対策】
日銀の旧執行部が、2%の物価目標を棚上げすれば、国民の期待インフレ率が低下して再びデフレに戻る惧(おそ)れがあると考えていたとすれば、新執行部はその就縛から脱してほしい。物価が成長を決めているのではなく、成長が物価を決めているのだ。成長を決めているのは国民の「期待成長率」である。少子高齢化や財政再建を考えれば、今後の成長率は低くならざるを得ないという「期待」こそが、投資や消費を控えさせ、自己実現的に成長率を引き下げている。女性・高齢者の労働参加率の一段の引き上げ、外国人労働者の一層の活用、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)などによる労働生産性向上テンポの引き上げ、社会保障と税の一体改革による財政赤字縮小の目途(めど)などの構造対策こそが期待成長率を引き上げ、デフレのない高成長を実現する。