黒田氏再任後も難問山積の日銀(H30.3.18)
―『世界日報』2018年3月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【黒田総裁の真意】
 安倍晋三首相の意向により、黒田東彦日銀総裁の再任と、雨宮正佳日銀理事および若田部昌澄早大教授の日銀副総裁任命の人事案が国会に提示され、衆参両院で過半数を占める与党によって同意されようとしている。
 黒田総裁にとって、超金融緩和一本槍(やり)できた1期目とは異なり、2期目は難問山積である。いずれは本格的に取り組まざるを得ない非伝統的金融政策からの出口政策、異次元金融緩和の副作用である金融市場取引や金融機関経営の歪(ひず)みと金融システム・リスクの是正、管轄外とはいえ財政ファイナンスが生み出した財政規律弛緩(しかん)の立て直し。これらの課題は、第1期の政策姿勢を程度の差はあれ転換しなければ解決できないので、黒田総裁の気持ちのどこかに、第2期は次の人に任せたいという思いがあったとしても不思議はない。

【安倍首相と一蓮托生か】
 しかし考えてみると、ここで辞めれば物価目標の2%を達成できなかった最初の5年間は失敗であったと認めたことになりかねない。また異次元金融緩和は、アベノミクスの3本の矢の中で、唯一強力に実施された中核的政策なので、その失敗はアベノミクス全体の失敗という議論につながりかねない。秋に総裁選を控える安倍首相にとって、これは困るだろう。結局、黒田総裁は、安倍首相の続投要請を受けざるを得なかったのではないか。

【日銀の経済予測は希望的観測か】
 しかし、最初の5年間の金融政策運営に対する世間の目は、極めて厳しい。続投した場合、黒田総裁はまずこれらの問題に直面せざるを得ない。
 第1に、日銀の経済予測は、今では世間で素直に受け取られなくなっている。当初「マネタリーベースを2年間で2倍にすれば消費者物価の前年比は2%になる」と言っておきながら、2年後になってそうならないと、「間もなく達成できる」と言って今日まで6回も予測を先延ばし、5年経った現在も、「2019年度中には達成できる」と言っている。しかし世間では、日銀の予測は「自分たちの目標が達成されるという希望的観測」にすぎず、0・9%にとどまっている現在の前年比が、1年余で2%超に達するなどという予測は、信用できないと思われている。

【金融政策の方向性は信用されていない】
 第2に、金融政策の方向性に関する日銀の説明が、素直に受け取られなくなってしまった。16年1月、黒田総裁は国会答弁で「マイナス金利政策の導入は検討していない」と答弁しておきながら、翌週に導入した。以後日銀と市場との対話がぎこちなくなり、金融政策決定会合のたびに疑心暗鬼で市場が神経質になっている。米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が、次回の金融政策決定会合の方向性を示し、政策変更に伴う市場の動揺を最小限に抑えているのとは大違いだ。

【「出口政策」を考えていない筈はない】
 最近でも、黒田総裁は「出口を検討する局面に至ってもいない」と繰り返すが、世間では信用されていない。16年9月にイールドカーブ・コントロールに転換し、操作目標が量から金利に変わって以来、長期国債の買入額は目標ではなく、金利コントロールの手段となったが、以後、買入額は年間80兆円から50兆円程度に減っている。これはテイパリングであり、出口政策の第一歩だ。それを日銀が認めないので、市場では「ステルス・テイパリング」とからかっている。
 金融政策の効果は2年程度に及ぶので、金融政策運営は2年先の経済予測まで頭に入れて行うものだ。「出口を検討する局面に至っていない」というのは、2年先まで考えても出口政策に入らないということになり、誰も信用しない。

【日銀の独立性が失われていると思われている】
 第3に、いま世間では日本銀行の独立性が疑われている。現行日銀法では、政策委員会を構成する総裁、副総裁、政策委員の任期は5年となっているが、与党の絶対多数が5年以上続き、首相の任期が5年以上になると、政策委員会の構成員9人は、全員その首相が国会に提案した人物に替わっていく。米国ではこれを防ぐため、FRBの理事の任期は14年で、大統領の2期8年よりも長い。いま世間では、日銀の政策委員会の構成員が、安倍首相の「取り巻き」のリフレ派ばかりになり、日銀法の定める日銀の独立性が失われると心配している。

【間違いの元は2%の物価目標】
 以上の三つの信用失墜は、「2%の物価目標をできるだけ早期に実現する」とした13年1月の政府・日銀の共同声明に端を発した「ボタンの掛け違い」のように見える。
 最近35年間に、日本で消費者物価の前年比が2%を超えたのはバブル期だけである。日本のインフレ率の趨勢(すうせい)は欧米よりも低く、人々の予想インフレ率は1%程度にアンカーされている。欧米の物価目標が2%でも、日本では1%が適当なのだ。日本で2%超の目標を立てることはマイルド・インフレを目指すことと同じである。だから早期に2%を目指す政策は、現在の正常な経済情勢の下では、成功するはずがない。そのため日銀の経済予測が希望的観測となり、失敗を隠すために政策の方向性は明示できず、それを見て焦った政権によって、中央銀行の独立性が侵されていく。