金融政策は先行きを読んで現在の政策を考えよ(H30.2.13)
―『世界日報』2018年2月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【金利先高期待が引き起した世界的な株高修正】
世界経済が順調に拡大している。米国では、既に5回政策金利を引き上げたが、今年の3月に6回目の引き上げを実施し、さらに本年中にあと2~3回引き上げるのではないかと見られている。このため短期金利の先高期待が強まり、2月に入って雇用統計の予想を上回る好転を切っ掛けに長期金利が上昇し、昨秋から年明けにかけて高騰してきた株価が急反落した。つれて日本を含む世界の株価も大幅に下落したが、日米の株価は基本的には企業業績の好転に支えられているので、早過ぎた上昇の反動が一巡すれば混乱は次第に収まり、実体経済への影響は少ないと見られる。
【このところ順調な日本経済の拡大】
日本経済は2014年4月の消費税率引き上げ後、3年近く前年水準を下回り続けてきた鉱工業生産が、17年平均でようやく前年比プラス4・5%の増加に転じ、本年も増勢を維持すると見られる。実質国内総生産(GDP)は、消費増税で14年度に0・3%のマイナス成長に落ち込んだ後、15年度はプラス1・4%、16年度はプラス1・2%と低いながらもプラス成長を続けていたが、3月に終わる17年度は久し振りに2%前後の比較的高い成長率に達すると見られる。成長を牽引(けんいん)しているのは輸出と設備投資で、昨年8、9月に天候不順で停滞していた家計消費も、その後立ち直っている。
【普通なら超金融緩和を手仕舞う局面】
この結果、マクロ需給ギャップ(日銀推計)は、16年第4四半期に需要超過に転じたあと期を追って超過幅を拡大しており、完全失業率は1990年代始め頃の水準まで下がり、有効求人倍率は既往のピークを抜いた。
このような局面では、それまで景気刺激的であった金融政策が、中立的な方向に転じるのが普通である。現に今日の米国では、消費者物価の前年比が2%の目標を下回った状態のまま、2014年中に連邦準備制度理事会(FRB)の資産買入額を圧縮して10月までに買い入れを中止し、15年にはゼロ金利政策を中止して12月から政策金利の引き上げを開始した。さらに本年は、量的緩和で膨張したFRBの資産を圧縮し始める。このような弾力的な政策転換の下でも、前述のように景気上昇に不安はない。
【2年後の19年度になっても超金融緩和を続ける構えの日銀】
これに対して日本はどうだろう。
日本銀行は、1月22日の政策委員会・金融政策決定会合において、現状の超金融緩和政策の継続を決めた。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が、物価目標の2%を安定的に超えるまで、現状の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策」を続け、マイナスの短期金利とゼロ%程度の長期金利を維持し、マネタリーベースの拡大を続けるという。
他方、同日付で公表した「経済・物価情勢の展望(2018年1月)」によると、政策委員の消費者物価(同)の見通し(中央値)は、17年度の前年比が+0・8%、18年度が同+1・4%、19年度(消費税率引き上げの影響を除く)が同+1・8%で、2年後の19年度になっても、安定的に2%を超える状態にはならない。つまり、現在の超金融緩和は、2年後の19年度になっても変わらずに続くということになる。
【19年度には景気後退の可能性】
その時、実体経済はどうなっているのであろうか。同じく政策委員の見通し(同)によると、実質成長率は17年度の+1・9%をピークに低下し始め、18年度は+1・4%、19年度は10月の消費税率引き上げもあって+0・7%である。これは現在の景気上昇のスピードが17年度をピークに鈍化し始め、19年度には潜在成長率(0・9%弱)以下になり、マクロ需給の悪化が始まることを意味する。
13年1~3月期から始まったとされている現在の景気回復は、19年度の初めには7年目に入り、戦後最長となる計算だ。ストック調整原理に基づく景気循環理論、オリンピック需要の一巡、米国景気後退の可能性から考えて、19年度に景気が後退期に入る蓋然(がいぜん)性は高い。ましてや19年10月には消費税率の引き上げがある。
【2%の物価目標未達成・超金融緩和継続の下で景気後退が起きるリスク】
これは物価上昇率が2%に達しないまま景気が後退し始めるシナリオである。このことに気付いている政策委員が一人いるようで、昨年12月20、21日の政策委員会・金融政策決定会合「議事要旨」を見ると、「米国の景気後退や2019年に予想されている消費増税によって経済・物価が下振れるリスク」を指摘し、18年度中に物価上昇率が2%に到達するよう、量的緩和を強化すべきだと発言している。現状でも限界が見えてきている長期国債の買入額をさらに増やし、長期金利をもっと下げろと言う主張は無理な相談であるが、2%の物価目標が達成されないうちに景気後退が始まるリスクの指摘は適切である。その時、緩和しっ放しの金融政策には打つ手がなくなるのは間違いない。
【金融緩和のノリシロを作る米国に学べ】
正しい対策は、効果が薄く、副作用が累積している現在の超金融緩和を一層強めるのではなく、米国のように2%という物価目標を事実上棚上げし、出口政策に入ることだ。当面の景気の基調はそれでデフレに戻る程、弱くはない。FRBが小刻みに利上げを急ぐ理由の一つも、19年以降の景気後退に備え、金融緩和のノリシロを作るためであることを、日銀は学ぶべきである。