今年は異次元金融緩和修正の年に(H30.1.16)
―『世界日報』2018年1月16日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
今年は2013年から始まった異次元金融緩和の修正が始まり、金融政策が新しい局面に入る年になることを期待したい。
【成長率の高まった2017年度】
日本経済は消費税率引き上げのショックで、14年度に一度マイナス成長に陥ったが、その後15年度から今年3月に終わる17年度まで、3年連続のプラス成長を続け、とくに17年度にはやや成長が加速し、それまでの1%台前半から2%前後に達しそうである。これは家計消費と企業設備投資が、3年間の連続成長による所得(家計所得・企業収益)から支出(家計消費・企業投資)への好循環によって伸び率を高め、また輸出がこの間の円安基調と米国、欧州、途上国の景気回復によって伸び率を高めたためである。
【企業と家計で所得から支出への好循環】
この経済拡大の結果、女性と高齢者の労働参加率は高まっているが、それでも人手不足は深刻で、昨年11月の完全失業率は2・7%とバブル景気崩壊直後の1993年頃の水準まで下がり、有効求人倍率は1・56とバブル期のピーク(1・45)を上回る水準まで上昇している。また昨年7~9月期の実質国内総生産(GDP)ベースのマクロ需給ギャップ(日銀推計)は、1・35%の需要超過とバブル崩壊後のピーク(07年)に迫っている。これが前述の所得から支出への好循環を支えているのである。
【今後の物価上昇率は春闘賃上げ次第】
他方物価は、国内企業物価の前年比が昨年11月にプラス3・5%まで上昇し、このうち最終財の消費財価格はプラス1・9%に達した。これを反映して消費者物価(除、生鮮食品)の前年比も、昨年1月のプラス0・1%からジリジリ上昇し、11月にはプラス0・9%となった。本年1月には1%台に達する可能性が高い。これがさらに物価目標の2%に達するかどうかは、サービス料金を大きく左右する今春の賃上げに懸かっている。
【日銀内部の政策論にも変化の兆し】
このように、実体経済の3年連続拡大によって、雇用情勢はほぼ完全雇用の域に入り、消費者物価の前年比も間もなく1%台に乗り、ジリジリと上昇していくことが目に見えてきたので、日本銀行内部の政策論にも変化の兆しが出てきたように見える。日本銀行政策委員会における昨年10月と12月の「金融政策決定会合」においては、政策変更は無かったものの、その「議事要旨」(10月30、31日開催分)や「主な意見」(12月20、21日開催分)を見ると、追加緩和論は「その効果が不確かなうえ、金融不均衡の蓄積や金融仲介機能の低下などの副作用が大き過ぎる」として退けられている。
【異次元金融緩和がもたらしたリスクの累積にも注意が向かい始めた】
また黒田東彦総裁自身が、欧州における講演(17年11月13日、於スイス、チューリッヒ大学)の中で、「リバーサル・レート」論に触れている。これは、金利を下げ過ぎると、利鞘(りざや)の縮小を通じて金融部門の収益を圧迫し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和が逆転(リバース)するという理論である。黒田総裁はこの理論に触れ、「低金利環境が金融機関の経営体力に及ぼす影響は累積的なので、引き続きこうしたリスクにも注意していきたい」と述べた。日本経済が順調に拡大している現在、その半面で異次元金融緩和の効果累積がもたらすリスクにも、日本銀行内部において、一層の注意が向かい始めていると見てよいだろう。
【望ましい政策転換の姿】
本年1月や3月の「金融政策決定会合」で、直ちに「出口政策」の模索などの政策変更が議論されるとは限らないが、本年中には日本の金融政策が転換する蓋然(がいぜん)性はかなり高いと思われる。その場合には、イールドカーブ・コントロールによる金融緩和の効果を維持しながら、マイナス金利の中止=金融機関の収益圧迫縮小、資産買入額の縮小=国債や株式などの市場官製化修正、などによって、これまでに累積した金融システム・リスクの低減を図ることが望ましい。金融政策がこのような形で徐々に転換して行くならば、北朝鮮、トランプ米政権、中東などの政治的、軍事的リスクが暴発しない限り、本年度の日本経済は順調に拡大を続けるであろう。
【長期的な成長率低下に対する三つの基本的対策】
しかし、その先をもっと長期的に展望すると、日本経済の成長率は少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少から、早晩低下していくことは免れない。それを少しでも抑えることが大切である。
基本的な対策は、次の3点であろう。第一は安倍政権が成果をなかなか挙げられないが、労働生産性の上昇率をもっと高めることである。先進国の中で、生産年齢人口1人当たり実質GDPの成長率は日本が一番高いことから見て、もともと日本にはIoTやAIの活用などで生産性を向上する実力が十分にある。第二に、安倍政権は女性や高齢者の労働参加率を高める努力をしているが、これだけでは労働力不足対策に限界がある。日本の経済活動の現場に馴染む外国人の技術者や労働者をもっと増やし、その定着を図る一種の移民政策を本気で推進することだ。第三は日本より成長率の高い海外市場で日本企業が資産を増やし収益を上げることをもっと奨励することだ。日本の対外資産超過額をさらに拡大し、その収益率を高めて、対外所得収支の黒字を増やすのだ。