日銀の金融政策は本末転倒(H29.11.20)
―『世界日報』2017年11月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【株価は90年代初めの水準まで回復】
日本の株価が、バブル崩壊直後の1990年代初めの水準まで回復した。この基本的な原因は、日本の企業収益が回復したことにあるが、米国経済の順調な回復を反映した米国の株高や、米国の金利引き上げ予想に伴うドル高・円安なども支援材料になっている。
【日銀は17、18年度の成長率が潜在成長率を大きく上回ると予測】
日本銀行が11月1日に公表した「経済・物価情勢の展望 2017年10月」によると、政策委員9人の実質成長率見通しの中位数は、17年度プラス1・9%、18年度プラス1・4%となっている。日本銀行の推計では、17年4~6月期現在の潜在成長率はプラス0・80%、需給ギャップはプラス1・22%の需要超過である。従って、17~18年度の日本経済が見通し通り成長すれば、潜在成長率の平均が1%程度に上昇したとしても、18年度末の需給ギャップはプラス2・5%程の需要超過になる。この需要超過は、株価同様にバブルが崩壊した直後の1990年代初めと同水準で、それ以降経験したことはない。
【17、18年度は消費、投資主導型成長】
2017~18年度の需要の高い伸びは、①個人消費が雇用者報酬の増加、株価上昇の資産効果、耐久財の買い替え需要などに支えられて底固い増加傾向をたどり、②設備投資は企業収益の改善を背景に人手不足に対応した効率化・省力化投資、成長分野への研究・開発投資、オリンピック・都市再開発の関連投資などが増加し、③公共投資も17年度補正予算に続いて、オリンピック関連投資の下支えから高めに推移する―など国内需要が堅調に推移することが主因だ。その上、海外需要も米欧など先進国の着実な成長に加え、新興国経済の回復も確りしたものとなってくるため、緩やかな成長を続けると見ているためである。
【19年度は成長が半減、物価が2%のスタグフレーション型】
しかし、19年度の実質成長率の中位数は、この時点の潜在成長率を下回るプラス0・7%に下がるとしている。これは、①設備投資が景気拡大局面の長期化による資本ストックの積み上がりや、オリンピック関連需要の一巡から減速すること、②個人消費も19年10月からの消費税率引き上げに伴って減少に転じると予想されること―などのためである。
他方、消費者物価(除く生鮮食品)の見通しの中位数は、19年度のマクロ需給ギャップが、前述通り、バブル崩壊直後の1990年代初めの需要超過と同じ水準になるため、前年比プラス2・3%(消費税率引き上げの直接の影響を除くと同プラス1・8%)に高まる。
【それでも超金融緩和を続ける方針】
問題は以上の実体経済の見通しを前提に、今後の金融政策をどのように運営するかにある。「経済・物価情勢の展望 2017年10月」は、次のような言葉で結ばれている。「金融政策の運営については、2%の『物価安定の目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、『長短金利付き量的・質的金融緩和』を継続する。消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」。
これを読んでおかしいと感じるのは、私一人であろうか。19年度には、バブル崩壊直後と同じくらいにマクロ経済の需給が逼迫(ひっぱく)し、成長率は17、18年度のプラス1・9%、プラス1・4%から半分以下の0・7%に鈍化し、半面、物価上昇率はプラス2%前後に高まるというのだ。これは成長鈍化と物価上昇の同時発生、いわゆるスタグフレーションであり、国民生活が最も圧迫されるケースである。それにもかかわらず、物価上昇率が2%を安定的に超すまで、19年度中を通じて巨額のマネタリーベースの供給を続けるというのである。
【成長率や完全雇用よりも物価上昇を優先する日銀は本末転倒】
2%の物価上昇の達成を最も重要な政策目標と考えている今の日本銀行は、本末転倒ではないか。日本銀行法には「日本銀行は物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することを理念とする」(第2条)とあり、経済の発展が最も重要な目標で、物価の安定はその手段である。浜田宏一内閣官房参与も「国民によって一番大事なのは物価ではなく、雇用や生産、消費だ」(日経新聞16・11・15)「物価目標それ自体は重要ではなく、雇用等を伸ばす手段に過ぎない」(文芸春秋17・1号)「雇用がよければインフレ率は低くてもよい」(エコノミスト誌17・8・29)と言っている。
【19年度のスタグフレーションを防止せよ】
17~18年度の成長と完全雇用を19年度以降も維持することが一番大切で、2%の物価目標はどうでもいい。19年度のスタグフレーションを防止するため、日本銀行は今から金融政策の正常化に着手し、現在の成長、雇用、物価の状況を19年度以降も持続させることに最善の努力を傾けるべきである。
【マイナス金利中止、資産購入縮小を開始せよ】
まず短期のマイナス金利をゼロ金利以上に戻し、10年物の長期金利はプラスの領域に誘導し、これに伴い、資産購入額は縮小する(テイパリング)。現在の実質金利は実質均衡金利(自然利子率)を1~2%下回っている。0・25~0・5%程度の名目金利引き上げが現在の回復を阻害することはない。マイナス金利の中止は銀行経営を改善し、テイパリングは金融市場に活性を呼び戻し、共に金融システムの安定化に寄与するであろう。