戦後2番目に長い景気は疑問(H29.10.16)
―『世界日報』2017年10月16日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【安倍政権下で14年度に景気後退があった】
 総選挙を控え、2012年12月に発足した安倍晋三政権の下で、日本のマクロ経済が、どのように推移してきたか振り返ってみたい。
 安倍首相は、日本経済の景気回復が本年9月で58カ月に達し、安倍政権の下で「いざなぎ景気」(1965年11月から70年7月まで)の57カ月を抜く戦後2番目に長い景気回復が実現したと誇らしげに語っている。
 国内総生産(GDP)統計を見ると、前回の景気のボトムである2012年10~12月期から直近の17年4~6月期まで、実質GDPはプラス6・3%成長した。しかし、途中を見ると、14年4月の消費税率引き上げのショックで、14年4~6月期と7~9月期は、2四半期続けてマイナス成長となり、14年度全体としては前年比0・5%のマイナス成長となっている。米国では2四半期連続してマイナス成長となれば、景気後退と定義する。ましてや年度全体でもマイナス成長となったのであり、実質GDPが14年1~3月期の水準に戻ったのは16年1~3月期になってからである。ここで短い景気後退があったと判定するのが普通であろう。それを無理やり景気回復が持続していたと主張しているが、何と景気回復と称する18四半期の成長率は、合計でわずか6・3%にすぎない。同じ期間に合計73%も成長した「いざなぎ景気」を超えたと言い張るのは、いささか滑稽である。

【13年度の景気回復にはアベノミクスの第1と第2の矢が貢献】
 安倍政権下5年弱のマクロ経済の動きは、実はかなり複雑である。
 1年目は、アベノミクスの第1の矢(大胆な金融緩和)と第2の矢(財政出動)が効いて、13年度はプラス2・6%とかなり高い成長を記録した。黒田日銀の「異次元金融緩和」は、米欧に比して日本の「量的緩和」の度合いが小さいという市場の見方を覆し、12年中の1㌦=80円台の円高相場を13年中に100円台前半へ、さらに15年初めまでに120円台の円安相場へ修正することに成功した。アベノミクスが打ち出される前の12年中頃から、欧州経済に対する市場の警戒感が後退し始め、リスク・オンで円高修正の動きが始まっていたとはいえ、この円高修正の政策効果は株価や企業収益の面でかなり大きかった。12年中に日経平均で8000円台まで下がっていた株価は、14年中には1万4000~1万6000円台まで回復し、さらに15年6月には2万868円のピークをつけた。企業収益も、13年度以降今日まで回復した。

【14年度の景気後退は第2の矢が逆方向に飛んだため】
 アベノミクスの第2の矢、財政支出も、13年度中は実質GDPを0・8%(寄与率31%)押し上げ、2・6%成長に寄与した。しかし、その後がいけなかった。14年4月の消費税率引き上げは、14年度の実質消費をマイナス2・6%、民間住宅投資マイナス9・9%それぞれ押し下げて、成長率をマイナス0・5%に転落させた。ここで第2の矢は、逆方向へ飛んだのだ。

【15年度から漸く持続的成長の局面に】
 こうして安倍政権下の景気回復は、14年度中に頓挫したが、15、16年度はいずれもプラス1・3%成長となり、緩やかながら回復の軌道に乗ってきた。17年4~6月期は年率プラス2・5%の成長率を記録し、17年度はプラス1・5~2・0%の成長率が見込まれている。
 この15~17年度の3年間の景気回復の要因は、13年度のそれとは異なっている。

【15年度以降の円相場、株価、企業収益率は横這い】
 まず円相場は、15年6月の対ドル125円を円安のボトムに、最近では110円近くに上がっており、15~17年の大勢としては横這(よこば)い圏内の動きである。株価も15年6月の日経平均20868円をピークに、16年6月の1万5000円割れまで下がった後、最近は再び2万円台に戻り、15~17年の大勢としては横這い圏内の動きである。この間、企業収益の回復テンポも鈍化しており、「日銀短観」の15~17年度の全規模全産業の売上高経常利益率は、横這い傾向にある。

【15~17年度に民需主導型の自律的回復が始まる】
 13年度の景気回復を主導した為替相場、株式相場、企業収益率が横這い圏内の動きに入ったにもかかわらず、15~17年度に再び景気回復が始まったのは、景気循環の流れの中で、15年度から家計消費が立ち直り、16年度から設備投資が回復し始め、民需主導型の自律的回復が循環的に始まったからである。
 企業収益の回復にもかかわらず、賃金の上昇は低く抑えられ、13~15年度の実質賃金は下落を続け、16年度に入って漸(ようや)く上昇に転じたにすぎなかった。しかし、15年度から始まった景気回復再開の下で雇用は着実に改善を続けたため、実質雇用者報酬はジリジリと回復し、実質家計消費も15年度からプラスに転じた。緩やかな増加にとどまっていた設備投資も、16年度にはさすがに伸び率を高め(0・6→2・5%)、17年度はさらに大きく増加する見込みである(日銀「短観」の予測はプラス6・9%)。

【金利政策で回復を支えながら金融政策と金融市場の正常化を図れ】
 日本のマクロ経済は、漸く民需主導型の持続的成長と完全雇用の局面に入ってきた。これは市場経済に内在する循環的な動きであるが、その背後には金利低下の政策効果がある。今後は9月17日付の本欄で指摘したように、無用となった2%の物価目標を廃止し、出口政策によって金融政策と金融市場の正常化を図り、今のマクロ経済の回復メカニズムを維持することが課題である。